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結局、人事データ分析って具体的に何やればいいの?

突然ですが、皆さん「天気予報の降水確率」って信じますか?
大学受験時の「合格判定」って信じていました?

降水確率も合格確率も、過去の膨大なデータを統計処理し、非常に正確な予測値をはじき出しています。統計解析は普段の生活でも非常に身近なものであり、皆さんも当たり前のように統計処理された予測値(=確率)を使って、将来の行動を判断します。

でも、人事施策はどうでしょう? はっきり言って、全くデータが活用されていません。テレビで明日の降水確率90%と出ているのに、「夕日がまぶしい。明日はきっと晴れる。」と言って傘を持たずに出かけてズブ濡れになる人が非常に多いです。(そして、全然反省しない。)

私は、現業でのサーベイデータ解析業務をきっかけに、人事部でありながらデータサイエンティストになり、確率の力を使って、社員のモチベーションアップ、離職率の低下、配属満足度の大幅な向上を実現しました。

経営陣と人事が力を合わせれば、社員の可能性を最大化して、みんなを元気にできると強く感じ、普段の会社員生活の傍らで組織を立ち上げました。

このnoteでは、実務で実績を挙げた数々の統計手法を紹介します。人事・経営陣の皆さんが、自社でご活用頂き、一人でも多くの社員を幸せに・元気にして貰えると信じています。


背景

現在、日本を取り巻く経済環境は、決して裕福と言えるものではなくなってきました。上がらない賃金、物価高、進まない人的資本経営、生まれないイノベーション、極めて低い社員のエンゲージメント(それでいて退職率は低い)。

これだけ人材の力が重視されているのにも関わらず、勘と経験に基づいた人事施策・採用・配置により、社員の能力・意欲を減退させ、進まない権限移譲で、社員の士気は下がるばかりです。一方、世の中は人材の流動化が高まり、退職や採用の対策に向けて、エンゲージメントを高める必要があり、人口減少に伴い少数の人材の能力発揮最大化が待ったなしの状態です。

「データドリブン人事」という言葉も流行っていますが、データドリブンはいわゆる「手段」であり、「目的」は社員の採用成功率・活躍確率・定着率を1%でも向上することです。データ分析ありきのデータドリブン人事は、一切役に立たないと考えています。

このnoteでは、データサイエンティストであり人事パーソンである私が、なるべく専門用語を使わずに、各種人事施策人事データを関連付けて、人事施策を企画・実行・効果検証・そして効果薄の施策を止める/改善する意思決定を支援し、成功確率を向上する統計手法を紹介します。

1. 簡易的な分析手法(初級)

研修を開催をする場合、限られたリソース(カネ・ヒト)で、参加者の時間も使うため、非常に重要な人事業務になります。後述のエンゲージメントや評価施策に基づき、最も効果が出る確率が高い集団に、最も効果的な施策を打つことが重要です。

しかし、研修担当の皆さんは、研修を終わった日に達成感で満たされていませんか?疲れた体に、お酒と思い出を流し込んで、達成感に身を包んで、静かに床についたりしていませんか? ちょっと待ってください。それで本当に良いのでしょうか

本来は、1~3か月後の研修の効果を図り、想定している効果が立証されてから達成感を味わうべきです。人事の仕事は、研修開催ではなく、研修を通じた組織課題の解決や社員の能力向上なのです。

1) 研修の効果検証

効果検証には「ワクチン開発」と同じ手法を使います。ワクチン開発は、母集団を2つ用意し、片方の母集団に本物のワクチンを、もう片方の母集団に偽物のワクチン(ただの液体)を注入し、前後で抗体数の変化を比較します。

この研究方法を研修の効果検証に活用します。まず研修前に「向上したい数値」を選択します。これはエンゲージメントスコアや、社員のロイヤリティ、上司部下のコミュニケーション、などが該当します。

研修を受ける母集団と受けない母集団に対し、「前」と「後」で同じサーベイを実施します。それにT検定を施し、研修を受けた母集団に「だけ」見られる数値の向上があり、それが狙い通りの指標であれば研修は成功です。なお、ワクチン開発の場合は有意差(P値)5%未満であれば「明らかな差が出た」と呼べる水準です。人事データでも、効果的な研修はそれくらいの有意差が出ます。これは新規の研修をトライアル実施する際に必ず実施すべき検証です。「平等」の名のもとに、ずっと一律で実施している歴史ある研修も、効果検証してから継続を判断してはいかがでしょうか。T検定は、エクセルの関数で算出可能です。

後日、別noteで具体的な関数と解析方法を解説しますが、統計学で「誤差=差は無い」と定義されており、「P値」は「誤差である確率」を表します。
つまり「誤差である確率が低い(5%未満)=大きな差がある」となります。

データに基づく研修の効果検証イメージ

2) 上司向け施策

上司向けにコーチング研修や、1 on 1の実装など、上司と部下のコミュニケーションに対する研修もたくさんあります。しかし、「この数値をこのくらい上げたい!」や「この課題を解消したい!」と明確に目的が定まっていることは稀です。これも確率思考で企画・検証をしましょう。手法は上記の「研修の効果検証」と同じ手法ですが、観察すべき項目は「部下の上司に対する信頼度」「自分が尊重されている実感」などに特定し、前後で同じサーベイを取りましょう。なお、T検定での有意差(P値)が低いほど効果が高いです。多数の上司向け施策を実施している場合は、最も有意差が低い(=効果の高い)研修を特定し、その研修に「選択と集中」することが可能になります。

2. 多変量解析による分析(中級)

1) エンゲージメント解析

「エンゲージメントを高めたい」と多くの経営陣・人事が頭を悩ませているのではないしょうか。まずは、科学的に立証された効果的なサーベイを導入することです。サーベイは心理統計の専門的な統計解析を施していないと、意味がありません。サーベイの設計は素人にできるものではなく、仮に素人が設計すると、「統計で使ってはいけないデータ」になります。重要な指標となるため、必ず専門家に相談することをお勧めします。
※サーベイの導入・見直しをご検討の場合はinfo@i-data1.comまでご連絡ください。

エンゲージメントサーベイで最も重要なのは、どの指標を上げれば、エンゲージメントが最も効率よく上がるのかを調査することです。エンゲージメントは「因果関係」「果(結果)」にあたる部分なので、「因(原因)」にあたる指標をつまびらかにして、ターゲットを決めましょう

エンゲージメントサーベイ解析のイメージ

実際のサーベイ解析のイメージ図です。この例では、「重回帰分析」という統計解析手法(専門用語でいうと多変量解析)を用いて解析していきます。図から、「評価の納得度」が最も強くエンゲージメントに影響しており、次は「成長の実感」という現状が浮き彫りになってきます。この場合の「31%(専門用語では「決定係数0.31」)はエンゲージメントの31%を構成している、と言えます。一方、「報酬への満足度」は関係が極めて弱い(無相関)ため、報酬を増額してもエンゲージメントは高まらないことを意味しています。経営陣として、どこにカネを出して、人事がどんな戦略を検討・実行すべきかは、このデータから一目瞭然です。確率論を用いれば、正解は分からなくとも、「最適解」が分かるのです。

なお、大手企業が販売しているサーベイ設問は、科学的に立証されたサーベイであり安心ですが、2つ注意点があります。

1つ目の注意点は「ベンチマーク」の有用性です。一見、他企業との比較は面白いですし、使い方によっては有用かもしれませんが、「最適解」を導くわけではないのです。例えば、ベンチマーク比較して、自社の「報酬の満足度」が低いと分かり、慌てて賃上げしても「エンゲージメント」には全く影響を与えない、ということが多々あります。統計・確率論を使えば、最もエンゲージメントを高めている設問を見極め、お金をかけずにスピーディーに実行できる施策を検討・導入できるのです。(なお、エンゲージメントを最も高めている設問は「キャリア」や「権限」の場合が多いです。)

2つ目の注意点は「ローデータ」です。サーベイの会社は、ローデータを抱えて提供しない会社が多いです。ローデータが無ければ、詳細の解析は一切できません。十分にご注意ください。

ローデータは、「どの社員が、どの設問に、何点つけたのかが分かる生データ」のことです。これが分からないと、各人事施策がエンゲージメントにどれだけ効果があったのかや、ある設問がエンゲージメントに何%の影響を与えているのか、などの詳細解析ができないのです。

2) 特別評価加点の実装と効果検証

ここまでの検証で「評価の納得度」が重要であることが分かったとしましょう。その場合、人事として評価施策に切り込みますが、評価制度を抜本的に変えることは大変です。なんとか現行の制度をベースにできることから始めたい。そこで、人事の皆さんは「一部の人に限定して、特別加点とボーナスを追加支給」という施策を思いつき、実行したとしましょう。いままで説明した「T検定」と「重回帰分析」を使えば、こんなことが分かるのです。

人事施策の検証イメージ

ご覧のとおり、人事施策の効果と、エンゲージメント向上の影響度(寄与率)が分かります。

なお、数学的に検証すると、100名の社員(全体300名の33%)が61%向上し、それが31%寄与しているので、エンゲージメントスコアは33%×61%×31% = 6.24%向上していると考えられます。これを高いと感じるか低いと感じるかは、組織課題や目標設定によって変わってくるでしょう。大切なのは、評価制度に踏み込んで6%向上いう事実を踏まえ、より多くの社員に影響を与え、より効率・確率の高い施策を検討・検証することです。

3. データサイエンスを活用した分析(上級)

1) 複数の人事データを統合したクロス分析

ローデータの重要性は前述のとおりですが、その理由の一つとして「各種人事データと統合(クロス分析)」が挙げられます。

例えば、「"ストレスチェック"と"サーベイ"の関連を見たい」や「"研修"と"人事評価"の関連を見たい」のように、データ間の紐づけをすると、それぞれのデータの関係性が見えます。統計学では「パス解析」と呼ばれる解析手法を使います。

複数データを統合したパス解析イメージ

このパス解析図があれば、各組織のデータとパス解析図を照らし合わせることにより、「どこに組織課題が潜んでいるか」や「人事施策がエンゲージメントにどれだけ影響しているか」が浮き彫りになり、なんの設問に対して、どんな施策を打てば良いかが明確になります。
なお、伝統的な統計手法である重回帰分析を使っても良いですが、データ量が多い場合は、AIのニューラルネットワークを用いて、より高い精度の予測値をはじき出すことが望ましいです。

2)「求める人材像」の可視化

「求める人材」は、非常に多種類のデータ(変数)が関連しており、分かりやすいモデルを作成することは困難です。「人事とデータ分析」というテーマだと、ここから始める初心者が多く、挫折するケースが多いので要注意です。ただ、膨大な採用時のビッグデータを活用し、例えば入社3年後の人事評価を極限まで精度高く予測することは可能です。

まず、人事評価を予測するうえで、大量の関連データを探索しないといけません。ここでは「疑似相関」という、「データ上は相関関係しているけど、解析すると無相関」のデータの削ぎ落しが必要です。これはエクセルのレベルを超えているため、統計解析ソフトやPythonなどのシステムを活用します。

※疑似相関の例で有名なのは「アイスの売上」と「水難事故」の強い相関関係です。本当は、双方全く関係なく、裏側で「気温」という変数が影響を与えています。(気温が上がれば、アイスも売れるし、水難事故も触れる)

疑似相関を十分に削ぎ落して厳選されたデータを、以下のように重回帰分析(AIでは因果推論・探索)で予測をしていきます。

採用ビッグデータから人事評価が高くなる要素を抽出

ここまで解析できれば、関連指標(筆記試験・性格・面接評価)の「重み(決定係数)」の数値が分かるので、この数値が高い人材を採用すれば良いのです。
なお、求める人材像は、「人事評価」ではなく「新規事業の提案数」や「部下の育成力」のような数値を目的変数においても大丈夫です。どんな人材を求めているのかを明確化し、人材ポートフォリオの作成にも使えます。

3) 面接官の見極め能力解析

人事データを徹底的に統計解析したGoogleは、「採用」が最も重要な活動であることを証明しました。その中でも「面接官の能力」が重要とされており、なんとなく「面接官に協力いただいてありがとうございました~」となりがちな所にメスを入れています。
私個人としても、活躍人材の見極めは「確率論」です。成功確率が低い面接官を準備することは、極めてリスクの高い行為です。ただ、実態として、優秀な面接官は優秀な営業マンであることが多く、そうでないイマイチな社員を面接官に設定することも多いと聞きます。そこで、「面接官がつけた評価点数が妥当か」、見極めてほしいポイントが見極められているのか」を検証することが大切です。

まず、つけた点数の妥当性は、数年間の蓄積が非常に重要になります。
面接官がつけた評価点数」が、「3年後の人事評価」をどれだけ高い精度で予測しているか(つまり、高評価人材を採用する率)を検証します。
3年後の人事評価点数を、高い確率で予測している面接官は「良い面接官」です。逆に、低い点数の面接官は、追加トレーニングの付与か、リプレイス(別の面接官をアサイン)の検討が必要です。

また、面接時に、求める要素をちゃんと見れているかも重要です。
ここでは、関連するデータが非常に多いので、AIでの「主成分回帰」という手法を使うことが望ましいです。

これは、「合格ベクトル」と「見極めるべき素養」のベクトルが揃っているのかを検証します。それぞれが同じ方向を向いていれば、ちゃんと見極められています。なお、直角に出ている「性格(慎重性)」と「女性」は、合否の判断に使っていない(無相関)であり、反対方向の「大学Aランク」は積極的に落としている、という意味になります。これは、かなり面接精度の高い面接官の結果ですね。

最後に

最後まで読んで頂きありがとうございました。少しでも確率に基づく意思決定・企画の重要性と、検証方法のイメージがついたことを願います。

人事施策は壮大な仮説検証です。試して、効果を検証して、判断するサイクルを繰り返します。ただ、一般的な実験・研究の仮説検証と違うのは、効果が出るまでに時間がかかる点です。長いものでは効果が表れるまで1年以上かかります。そのため、データを活用した質の高い「最初の仮説構築」が極めて重要なのです。

各社でビジネスモデルが違い、求める人材像も、風土も歴史も違います。
各個社で眠っている人事データは、活用できれば各社での組織改革のきっかけになります。

顧客の潜在的ニーズ(インサイト)を探すように、社員のインサイトを探し出し、うち手を打つことが非常に重要です。「給与を上げてほしい」と声を上げる社員が多いと思いますが、本当に給与を上げて欲しい人は土日も働きます。本当にお金が必要な人は、処遇改善ではなく「副業の許可」を求めたり、後を濁さずに転職します。給与を上げてほしいと声に出す背景には、「もっと自分を認めてほしい(=評価してほしい)」や「楽しい仕事を付与してほしい(=もっと権限・裁量がほしい)」というインサイトが隠れているのかもしれません。

繰り返しですが、社員の言語化されたニーズに答えることも重要ですが、インサイトに響く施策がもっと重要です。社内のマーケティング(インターナルマーケティング)を、膨大な人事データを活用して推進してはいかがでしょうか。

もし、貴社の人事データを活用して高度な分析をしたい場合は、info@i-data1.comまでご連絡ください。

このnoteをきっかけに、皆様の社員の活躍確率・定着確率が1%でも向上することを願っています。

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