艶肌と、人のために着飾るということ
斎藤一人さん曰く、人間には貧相と福相があるという。
そして、それは顔の造形ではなく「つや」が大事なのだそうだ。
人相というものはあると思っていたけれど、確かにツヤというのはだいじだなあと納得した。
横並びから一つ飛び抜けて目を引く人にはつやがある気がする。
つやは生命の象徴。生きていて新鮮であることの証。
光をまとって存在するということはなんとも縁起がいい。
艶肌よりもセミマットの方が好きだったけれど、これからはつやを意識しよう。
せっかくだから雰囲気から幸せそうに。
また、斎藤一人さんの名言を調べていると、「着飾りなさい」というのも出てきた。
人のために着飾れと言っていた。
他の人が素敵な気分になるように着飾る。
小さいブローチではなく大きいブローチをつける。なぜなら人に見えるように。人が気づいてオシャレだと思って和むように。
みたいなことが書いてあった。
私はオシャレは好きだけど、人のためにという軸では一切考えたことがなかったから新鮮だった。
自分軸で、アレもこれもと着飾ると底なし沼だから、他人のために着飾ればおしゃれに際限ができるし他人もハッピーになっていいですよというようなことも書いてあった。
それはなるほどすぎる。
「オシャレになりたい、着飾りたい」と、ちょうどセールをやっていた楽天でたくさんの服を買い、さらにもなおスカートをもう一枚注文しようとしていたところだったから、その言葉は結構響いた。
着飾る理由なんてはっきり考えたことがなかったけれど今までその理由は、「見栄を張って自分の心を満たすため」だったと思う。
買っても買っても新しくほしいものが溢れる。
新しい服が届けば嬉しいけど、それを注文するまでの間、疲れるほど悩んで、カード決済の確定ボタンでさらにジリジリ悩んで、という感じだから苦しい。
それが、「他人が和やかな気分になるために着飾る」ということであればどうだろう。
人に羨ましがられるためでもなく、人を和ませるため。
なんだか穏やかな感じがして、取り入れてみたい考えだとお思った。
服を選ぶとき、買うとき。
他人のために着ると思ったら、私はどんな服を選ぶだろう。
そうやって選んだ服はラッキーアイテムになりそうだと思った。
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