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生きづらさに溢れた社会の中に必要なもの

福祉という業界に身を置いているからでしょうか、僕が仕入れる情報の中の世の中は、なんだかあらゆる人が生きづらさを感じているような気がします。
 
 
子どもも、ひとり親も、10代の若者も、何かしらの商売をされている方も、当然障害を持たれた方も、高齢者も。
こんな時代の中で、生きづらさを感じていない人の方がもういっそ少ないんじゃないかとすら思えるくらいです。
 
 
コロナのせいなのか、コロナをきっかけに色んな潜在化していた問題が浮上してきたのか分かりませんが、少なくとも生きづらさを感じていない層がない状況って結構異常です。
 
 
一気に色んなNPOや福祉系活動をされている団体や個人、行政などの活動量が増加したのは悪いことではないだろうし、応援しあう文化が生まれたりオンラインでの人とのコミュニケーションが増えたことなどは少し前向きな変化だとは思いますが、それってつまり「生きづらさ」の分母が爆増したということの裏返しでしかありません。
 
 
 
そんな中いつまで同じシステムの中で、ルールの中でものを考えないといけないのか、と思って色んなことに少し苛立ったりもします。
自分の力の足りなさに憤慨もします。
比較的冷静に把握しようと努めてるつもりですが、多分そんなことはないんです。
苛立ったり憤ったりしながら、とにかく枠組みを外すことに若干躍起になりながら、この1年足掻いています。
 
 
 
でもそれをいつまでも言っていても仕方ないので、主観的な視点ではあるんですが、今こんなに誰もが生きづらい世の中で必要な支援というか福祉ってなんなのか、ということを考えてみました。
 
 
これは対象者が誰か、という縦割りの考えではなくて、多分どの層でも共通するんじゃないかな、というものだと思います。
 
 
別段目新しい話じゃありません。
コロナによって初めてその重要さに気付かされたものや、これからの時代の様相に沿って変化しなきゃいけないだろうな、というものばかりです。
 
 
それがこの5つの要素です。
 

 
 
「居場所」
 
ある特定の方のために生み出さないといけないものもあれば、友達同士や仲間同士、のようなものでもいい。自分が居る事が承認されてる場所。
家すらも居場所じゃない人が少なくない。
とにかくホッとできる場所。
所属感を感じられる空間。
 


「雇用や仕事そのものを生み出す」
 
障害者雇用もそうですが、人と雇用先をつなぐ動きは強めていかないと、当たり前だけど生きていけない。
でも今の時代はそれだけじゃなくて、新しい働き方だったり仕事自体を個人が生み出したりすることもできる時代でもある。
であれば、人と雇用のマッチングだけじゃなくて、仕事を創出することを支援することももしかしたら考えないといけないのかもしれない。
 


「生活の安心や安定」
 
生活保護などの保障ももちろん大事だけれど、住居の提供だったり生活自体の支援なんかも含まれる。
衣食住というけれど、食べることや住むことが安心してできること自体が揺らいでいるなら、フードロスや空き家活用なども含めて考えないといけない。
安心して生活が送れなければ誰の人生だって前には進まない。
 
  

「信頼できる人の繋がり」
 
多分コロナで一番浮き彫りになったのはこれで、コロナよりも深刻な問題なのは孤独とか孤立。
ただし、これは支援を受ける側の話だけじゃなくて、多分支援をする側も今を前向きに生きる上でも必須で、「顔が見える繋がり」みたいなものが孤独や孤立を防止することにも繋がったり支援と支援を繋いだり、それこそ仕事を生み出すきっかけにもなる。
 
 

「楽しみ」
 
どうしてもシビアさやシリアスさばかりが前に出てしまうと、少なくない人が閉塞感を感じたり寛容さを失ったりする。
ふざけることを何でもかんでもよしとするわけじゃないが、エンターテイメント性というか、笑えてしまう瞬間があるのとないのとでは人間のメンタリティのあり方は多分全然違う。
楽しむ、という余白を生活や活動の中にどんな形で練り込んでいくのか、って実はとても大事。
 
 
 

 
もちろんこれらの要素の中には、「心理的安全」が確保されていないといけないし、「人生を諦めなくていい」というある種の約束みたいなものも必要です。
持続可能性を担保するためのマネタイズ、というかエコシステムみたいなものも当然必要です。
 
 
 
 
なんか自分の覚え書きのようになってしまったんですが、特にこれという根拠が示せるわけでもないんですが、自分が現場や地域で利用者さんと対峙して、同じ支援者達と議論したり活動して手触り感を得ているもの、そしてぼんやりと入ってくる社会の様子を伺う中で見受けられる課題を僕なりに切り分けてみると、こんな感じになります。
 
 
つまり、対象者ごとの困りごとや生きづらさ、という縦割り的な発想ではもうなくて、どの層でも似たような要因を持つ生きづらさがあって、むしろそれを無理矢理に縦に割ると余計に問題が複雑化するんじゃないか、と見えるんです。
そんな割り方をするんじゃなくて、「必要なサポートや支援」で分けていったほうが今は現実的なんじゃないかな、と。そこで職種や分野や所属を越えながら支援のカテゴリというかインフラをきちんと整えていった方がいいんじゃないかと思えて仕方ありません。
 
 
 
僕はメインは障害福祉の分野にいますが、「居場所」「雇用や仕事を生み出す」「生活の安心や安定」「信頼できる人の繋がり」「楽しさ」というキーワードに引っかかるものには、分野を越えてても首を突っ込んでいこうと思います。
 
 
すっかり自分の頭の整理になってしまいましたが、昨日の「学習性無力感」というものについての記事と合わせて、自分の中で整理をつけて言語化しておきたいことだったので書かせてもらいました。

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