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"食" と "ウェルネス/ウェルビーイング" ~ ポスト・コロナ社会で芽生え始める近未来と日本古来の価値観の再認識


 "Health Creation > Wealth Creation"

 - 最近良く見かける公式の一つです。ここでのHealthとはいわゆる「健康=Healthy」という意味に留まらず、Healthy Well₋beingという意味です。つまり、「経済的欲求より心身の健全たるバランスのとれた状態の達成への欲求」というメッセージですが、これからの10年、20年、このポストコロナ社会においてはこうした価値観の再認識や再定義が世界的に見ても浸透が加速しつつあるように見えます。特に、これから社会の中枢を担うであろうGeneration YやGeneration Zといった世代においてはこうした新しい価値観がますます浸透し始めていると言われます。この流れは今後様々な産業領域における新たな消費者行動様式として具現化していくと思われますし、また、それらに伴ってこうした消費者・市場トレンドに呼応すべく、従来にはないような新たな発想や転換を伴う新規のビジネスモデルの構築といった動きが、大企業やスタートアップを通じて進むものと考えます。これから、暇を見つけていくつかの産業領域についてピックアップしてみたいと思いますが、今回はやはり「食」と「ウェルネス/ウェルビーイング」の関連について少し取り上げたいと思います。
 
 上記の潮流の中で「食」の世界でもこの流れは既に起き始めています。「食のイノベーション(Ex. 代替タンパク等)」が世界的に勃興し始めてから今年で概ね7~8年が経過していますが、コロナ禍の世界では、この食と我々の心身の健全なバランスとを結びつける、まさに「ウェルネス/ウェルビーイングの概念」との相関性に着目する動きがみられます。

 元々「食」と「健康」と共にいわゆるウェルネス/ウェルビーイングという概念にまで落とし込んでその相関性について研究した各種論文は実は少し前から存在していますが(~2010年・注 *)、昨今の代替食やサステイナビリティ(SDGs)といったバズワードが活性化する中、よりその動きが加速し始めているようです。

 そこでまず初めに、そもそもこの「ウェルネス」や「ウェルビーイング(Well-Being)」の概念・定義について再確認したいと思いますが(未だに非常に曖昧なままこの言葉が飛び交う印象)、Well-beingに関する英語圏での定義は以下のとおり:

Oxford辞書より: 

The state of being comfortable, healthy, or happy.(**)

New Economics Foundationより:

"Wellbeing can be understood as how people feel and how they function, both on a personal and a social level, and how they evaluate their lives as a whole."

 … っと、日本国内でも様々な「専門家」がこのウェルビーイングの定義についてはウェルネスという言葉と共に定義合戦が繰り広げられている様子が伺えますが、まぁ、言わんとするニュアンスは概ね上述のようなところといったところでしょうか。英語圏ではもともとWellnessという言葉は意外と良く使いますが、改めてその言葉の持つ意味や定義について、非英語圏においてもその意味について理解したいという意欲が高まってきていることは確かのようです。因みに、WellnessとWell-Beingの厳密な違いですが、Wellnessと比べてWell-Beingの方が、以下の点でさらに広域の意味合いがあるとされています:

"~“Wellness” vs. “well-being”: Speaking of definitions, let’s take a look at wellness. The overall topic of health and wellness is gradually expanding into “health and well-being.” ~ (中略) ~ However, well-being has a broader definition, including aspects such as emotional health, energy levels, and sleep behaviors. ~"

 つまり、Wellnessと比べてWell-Beingの方が「より心のエネルギーやバランス、健全な状態といった要素」までを言葉の定義の対象とする、といったところでしょうか。

注記:
(*)https://www.researchgate.net/publication/49735796_Reviewing_the_meanings_of_wellness_and_well-being_and_their_implications_for_food_choice
(**)https://www.lexico.com/definition/well_being  
(***)https://www.fmi.org/newsroom/news-archive/view/2018/12/18/new-report-fmi-evaluates-the-power-and-focus-on-shopper-health-and-well-being-at-retail
 

 そんなウェルネス/ウェルビーイングですが、昨今、食の新しい潮流の中でも、我々の接種する食べ物と我々の人体との相関関係に関する再定義や再発見が活発ですね。わかりやすい例の一つに、我々の脳と腸の働きに一種の相関性があるのではないかという「脳腸相関・Gut-Health」といったテーマがありますね。これはいわゆる微生物叢(Microbiome)の研究領域とされていますが、まだこの領域に関しては、まだまだ実証データが不可欠とされているものの、最近の食への探求心の向上をあらわす一つの事例であり、これにフォーカスを置いたフードテックのスタートアップが日米でも生まれ始めていますね(※具体例は以下をご参照下さい)。

欧米海外の主な微生物叢(Microbiome/Microbiota)領域の      スタートアップ勢力図

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提供:米CBInsights社・https://www.cbinsights.com/research/microbiome-startups-market-map-company-list/ 

 上記はやや古いデータですが、それでも概ね今欧米を中心にどういった領域で微生物叢に関する取り組みが行われているのかが、わかりやすくまとまっています。実用化はまだまだこれからですが。

 一方、「食」と「ウェルネス/ウェルビーイング」の潮流を読む上で興味深いデータが、今年の7月に米ADM社から発表されました。以下がその要点です:


① Increasing Focus on the Gut Health and Immune Function Connection :
Globally, 57% of consumers report being more concerned about their immunity as a result of COVID-191. As consumers strive to enhance their immunity, they are becoming more knowledgeable about how the human microbiome supports the immune system and overall wellbeing. Products containing probiotics, prebiotics and postbiotics can benefit the microbiome and are already gaining momentum in the marketplace.

要約:いわゆる腸内健康と免疫機能との相関関係への探求心の向上 -  全世界の消費者の57%は昨今のコロナ禍で自己免疫機能にさらなる関心を高めている模様。こうした消費者における自己免疫力の改善への取り組みが進むにつれて、ヒトマイクロバイオームの及ぼすであろう免疫機能への働きについて消費者はますます勉強していくと思われる。こうした流れに沿う形で市場ではプロバイオティクス、プレバイオティクス、ポストバイオティクスを唄う各種新製品が、我々の体内微生物(マイクロバイオーム)に効果的な働きをもたらすののとして市場は拡大成長中。

② Plant-Based Becomes Mainstream:
In the U.S., 18% of alternative protein buyers purchased their first plant-based protein during COVID-19, and 92% of those first-time buyers report they are likely to continue purchasing meat alternatives. In Germany, the U.K. and the Netherlands, 80% of consumers state they are likely to continue eating plant-based meat alternatives beyond COVID-192. With health, safety and convenience as top purchase motivators, products that deliver exceptional nutrition and a high-quality sensory experience will be poised for success.

要約:植物由来が主流へ ‐ 米国ではコロナ以降、代替タンパク質の購入者のうちの約18%が代替肉を初めて購入をする層であっと模様。そのうちの92%は今後も継続して代替肉を購入し続けていく可能性が高いと回答。一方、ドイツ、英国、オランダでは、消費者の80%が、同様にコロナ以降代替肉を購入していくであろうと回答。彼らは「健康効果、食の安全性、利便性」を購入の最重要課題としており、従ってこれからの売れ筋商品の肝として、「栄養価がもたらす健康付加価値」「食体験」を提供出来るか否か、が挙げられる。

③ A New Perspective on Weight Management and Metabolic Health :
The pandemic’s consequences for individuals with hypertension, diabetes and cardiovascular disease have consumers viewing weight management and metabolic health in a new light, with 51% of consumers indicating they are concerned about being less active or gaining weight during the pandemic. That worry is likely to increase demand for functional solutions supportive of metabolic wellness and healthy weight management.

要約:肥満やメタボへの新たな見方・捉え方 - 今般のコロナ禍でコロナ発症と高血圧、糖尿病、心血管疾患との高い相関性が指摘された結果、消費者に改めて体重管理、メタボに向き合う姿勢がみられている。消費者の51%は、今回のパンデミックのおかで外で身体を動かすことが激減したこと、あるいは体重が増加してしまっている、ということを心配している模様であり、こうした不安がこれからはこのような代謝機能の働きを促進する機能性に富む食への需要が高まる可能性が高い。

④ Finding Balance: Self Care, Emotional Wellbeing and Nutrition:
The difficult circumstances stemming from COVID-19 have increased feelings of anxiety and stress as 35% of consumers report being concerned about mental health2. People are looking for new ways to improve their mental wellness during these stressful times, including granting themselves permission to consume indulgent, comforting food and beverages. However, they are tempering this desire with weight management needs and seek a careful overall balance of indulgence and good nutrition.

要約:自己管理、心身の健全な状態(ウェルビーイング)、食の栄養のバランスへの探求心の向上 - 今般のコロナ禍によって、調査対象中35%の回答者は様々な心の不安定な状態への懸念を報告。彼らはこうした不安定な社会情勢の中、より心身のバランスの改善が出来る各種手段を探している。例えば、贅沢で満足感/満腹感が満たされるような食事を摂ることに積極的になる一方、体重管理等にも注意を払うようになり、その結果、食への欲求と並行して全体の栄養価についても注意を払うようになっている。

⑤ Nutrition, It’s Personal :
As COVID-19 increases consumer awareness of individual health risk factors, demand for products offering tailored, highly personalized health and wellness solutions will take off. ADM research shows that 49% of consumers feel every individual is unique and requires a customized approach to diet and exercise, and 31% of consumers are already purchasing more items tailored for health and nutrition. Products that focus on improving nutrition, self-care and general wellness will increasingly attract consumers’ attention

要約:個々人により大切になりつつある食と栄養  - コロナ禍で個々人にとっての健康リスク要因に対する意識が高めるにつれて、より高度にパーソナライズ化・カスタマイズ化された健康/ウェルネス関連製品への需要が高まりつつある。( 米ADM社の調査によれば)調査対象者のうち49%が「すべての個々人が固有な対象であり、従って個々人に対応する食事や運動の取り組み方が必要であると感じており、一方31%はすでにこうして健康効用や栄養価に富む製品群を購入しているとのこと。従って、これからは個々人に対応した栄養価値、健康への自己管理、及びこうしたウェルネスに焦点を当てた製品が市場を掴んでいくものと考えられる。

⑥ A Shift in Shopping Values :
An increased focus on health is triggering a windfall in consumer health and wellness spending. Forty-eight percent of consumers plan to purchase more items related to health and wellness. Concurrently, manifesting concerns around widespread economic decline have prompted a shift to value-based shopping, including growing demand for basic pantry staples, stimulating trade-downs to private labels and increasing traffic to value retailers.

要約:消費者における購入目的に対する考え方の変化  - 健康への関心の高まりは、消費者における健康やウェルネス関連への消費行動に大きな影響を及ぼし始めている。48%の消費者はより健康やウェルネスに関連性の高い商品にお金を出す傾向にある。一方、経済活動の停滞と共に消費者による選別消費も進んでおり(例:備蓄品の強化等)、その結果、高価なプライベートブランドよりも付加価値が見いだせる量販店での購入意欲を強化している模様。

 総じて、自分達の食べるものがいかに心身の健康状態に直結し、その為に、いかに食をコントロールしていくのが得策なのか、ということを積極的に個々人レベルで意識が高まり始めているということが、こうしたサーベイを通じて現れ始めていることが垣間見えます。

 
出所:米ADM社【Emerging Consumer Behavior Shifts: Six Ways Food & Beverage Innovation Is Evolving in the Face of COVID-19】https://www.adm.com/news/news-releases/emerging-consumer-behavior-shifts-six-ways-food-beverage-innovation-is-evolving-in-the-face-of-covid-19-2   

2020年|主な微生物叢(Microbiome/Microbiota)関連で最も注目される海外スタートアップ事例

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 以上、主に欧米市場での、主に都市圏の個人を対象とした「食」に対する消費者の向き合い方の最新傾向と、北米を中心とする最近の食に係るフードテック・フードバイオ領域のスタートアップの代表例について触れて来ましたが、こうした全体的な潮流において透けて見えてくるのは次の3点があります:

1.「未病対策(Preventive Health)」という考え方の芽生え:
 本稿では詳細は割愛していますが、良く知られている通り、北米における死亡原因の上位に必ず入るのが、肥満や糖尿病、高血圧やこれらに起因するであろう心疾患であるとことはデータでも証明されていることです。こうした症状が悪化して完全なる「病気<Disease>」となってしまう前に食や運動等を通じて未然に防止しようという考え方が、主に健康志向の高い消費者層を中心に高まりつつあります。また、世界中の各地域で古くからその地域の人々にいわゆる「薬膳効果」が代々伝承されてきたような食材に対する北米市場での関心度が高まり始めています。そうした、今まで馴染みのなかった食への探求心とそれらを日頃の食習慣に取り入れていこうという考え方が芽生え始めており、その結果、Preventive Healthとしての食の再定義が浸透していきそうです。

2.「全体最適化(バランス)」の発想が浸透しつつある?:
 この場合の全体最適というのは、組織経営学的な意味合いとは別に、接種する食の栄養価のプラス/マイナスの及ぼす体内全体への栄養価、健康効果がどのように働くのか、といったことに意識が高まりつつある、という意味です。今までは「カロリーが高い」「糖質が高め」といった「絶対値」に基づく解釈が中心でしたが、最近は食材一つ一つがもたらすであろう健康作用についての相関関係(プラス/マイナスの働き)について学ぼうという姿勢が増えて来ているようです。あくまで漠然とした直観的な印象にすぎませんが、何となくこの兆候は見られます。

3.食とマインドフルネス/「フード≠餌」という考え方の浸透:
 先に挙げたように、昨今の健康志向の高い欧米の個人消費者層においては、Gut-Healthに象徴されるような腸内細菌叢の働きと自らの身体的な健康に留まらず、それが我々の脳にどのように作用するのかといった「脳腸相関」や、メンタル面にも効果的に働くメカニズムに対する探求心(※これらはいずれもこれからまだまだ医学的にも科学的にも解明されていくべき要素が多い分野であると思いますが)をはじめ、心身の「内なる働き」についてより細かく知りたいという傾向が見られます。要は、我々が口から入れて体内で吸収する「食」というものが、単に生きる術として体に取り込む単なる「餌」ではないという考えが、これから徐々に広がって行く兆しが見えます。

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写真出所:https://www.mindful.org/6-ways-practice-mindful-eating/ 

‐ これら、良く考えてみると、何気に我々日本人の意識の中に昔から存在するものばかりのような気がしますが、如何でしょうか?つまり、欧米をはじめとする世界中のサステイナビリティや環境問題といった課題と向き合う機運が高まる中、我々の食に関わる仕組み全体から食そのものに至るフードシステムへの取り組みと意識の変化が急速に高まっていく(であろう)中で、欧米が中心となってこうしたムーブメントが巻き起こっている流れが出来つつある中、日本古来の食や健康に対する意識の中に、「ウェルネス」や「ウェルビーイング」といったカッコいい横文字が意味する本質的な部分が沢山含まれているのではないかと考えます。Food-Waste(食品残渣)のUpcycle(再有効利用)などは、例えば日本の伝統的な日本酒という商品の製造工程から生まれる副産物である酒粕は既に昔からそれ自体が商品として市場に出回っていますし、「オカラ」なんて、昔から身近に存在する食材の一つ。だが、北米ではそのオカラがOkaraとなっていわゆる「Food upcycled/Nutritional Food」として一世を風靡し「かかっ」ています。

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写真出所:https://republic.co/renewal-mill 米Renewal Mill社 

 コロナという未曽有の疾病ブームで世の中が混沌とする中、我々にとって改めて「健康」に対する意識と向き合い方が大きく再定義されつつある中、今まで無意識に接していた「食」に対して改めて我々の捉え方が大きく世界中で変わりつつ局面を迎えていることは確かのようですが、我々にとって、世界の潮流に目を向けながら、我々日本人が古くから大事にしてきた(しかし、最近はすっかりそれらの意識が遠のいてしまっているような)価値観や「もったいない」の発想といったところに、沢山のヒントが隠されていると思います。「発酵」はFermentationとして既に世界でバズっていますが、「醸造」はそうなっていないですよね。この「発酵」と「醸造」の〝似て非なる〟本質的な違いを伝えていくことこそ、大きいと思います。


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