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夏ピリカグランプリ応募作品(全138作品)

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2022年・夏ピリカグランプリ応募作品マガジンです。 (募集締め切りましたので、作品順序をマガジン収録順へと変更いたしました)
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#鏡

【創作】コンパクト

「お姉ちゃんだけ、ずるいよ」 コンパクトを覗きこむ私に、妹が文句を言う。 マスカラって、ムズい。 結子につられて買っちゃったけど、これ失敗。 「だってママがくれたんだもん。JCはメイクするのに必要なの」 中学生になって三ヶ月。 結子も真希も急に男子の目を気にし始めて、休み時間は鏡ばっか見てる。 私も小っちゃい鏡が欲しいと言ったら、ママがくれたコンパクト。 古臭くてごめんとママは言ってたけど、この昭和感、よき。 レトロでエモいって言われる私のお気に入り。 それにこのコ

映し鏡【ショートショート】#夏ピリカ応募作品

「…なんだ?」 乗っていたエレベーターが突然停止した。 「クソッ、ふざけんな!」 非常ボタンを押しても何も反応が無い。 その日、海老原正男は派遣アルバイトで、ビル警備の夜間勤務中だった。 警備と言っても23時には全ての階の従業員が退勤し、仕事と言えば清掃業者の受け入れくらいだ。後は寝てたって怒られやしない。 それなのに、今夜に限ってこの仕打ちだ。薄暗い個室に一人。生憎なことに携帯の電波も届かない。外と繋がりは今、ゼロだ。 「なんなんだ、くそったれ!」 腹が立って後ろ

廃屋の鏡(夏ピリカ応募作)

昔は立派な邸宅であった事が、容易に想像できるその廃屋は、流れゆく時の中を漂う。かつての面影は敷地面積の広さからも思いを馳せる事が出来る。 今はただ、危険を伝える看板と厳重な金網等に囲れた孤独な佇まい。 100年も前の建物と思われるこの廃屋は、富豪の城。そう呼ばれていた、華やかで美しく優雅な邸宅であった過去を覚えているのだろうか。 この廃屋には、嘘か誠か一つの不思議が伝わっている。 大勢の召使いに傅かれて住んでいたのは三人の娘と、その両親。 三人の娘、皆美しく人目を引い

嘘つき鏡【#夏ピリカグランプリ】

蝉しぐれが焼けた肌にジリジリと突き刺さるような夏の日。 お盆を控えた私達はお墓参りのついでに、家主を失った田舎の祖母の家まで来ていた。 半年前、祖母が亡くなった。 祖母の葬儀の後、祖母が一人暮らしていた家を誰が処分するのかということを、親族間で揉めに揉め、半年間放置されていたのだが、とうとううちが引き取ることになり、現在に至る。 家主がいなくなった家は老朽化が早まると聞いていたが、かなりの荒れ果てようで、滴る汗を拭いながら、祖母の遺品や形見分けだけをおこなう。 特殊清

わたしのせかい #ショートショート(1195字)

学校はキライ。あの子が意地悪するから。 ママもキライ。いつも怒るから。 だから、私は鏡をのぞくの。 鏡は面白い。私のいる世界と同じ世界がうつっているはずなのに、全然別の世界にいるみたい。 鏡を上に向けてのぞくと、ほら。 天井を歩いているみたいでしょ? 今、天井にあるライトをまたいだよ! ドアも、窓も、キッキンも、さかさま! 階段は?そういえば行った事ない! 「……ひかり、あぶない!」 後ろからママの声が聞こえた。私はびっくりして──。 急に世界が真っ暗になった。

浮き彫りバッカスは葡萄を見つめる

初めに異変に気がついたのは、ガラスの大皿が割れたときだったと思う。その厚手の透明ガラスの皿を父方の祖母から譲り受けたのは20年ほど前だが、彼女の嫁入り道具の一つだったのかもしれない。少年の姿のバッカスが手にした葡萄の房を見つめるレリーフが裏面から彫り込まれていて、今同じものを手に入れようとしたら相当な金額になると思われる、手の込んだ作りだった。このような大皿は我が家にはこの一枚しかなく、ずいぶん重宝していたのだ。 ところがある日、真っ二つに割れてしまった。焼きたての丸パンの

ルージュの伝言 《夏ピリカグランプリ》

「ルージュの伝言って知ってる?」 さっきまで全然違う話で笑っていたウタが、唐突に言った。 「松任谷由実の?」 「それ。彼の家で実際やってきた」 ウタは、ふふと笑いながら冷めたコーヒーを啜ると 「これでお別れ、スッキリ!」 そう言って両手のひらを合わせて、幸せ!みたいな顔をした。 「え、何、ケンカ?ケーヤンと?」 「ケーヤン、ふふ」 「中学からずっとそう呼んでるから!それより、ルージュの伝言って?」 「バスルームに、まぁ洗面所の鏡だけど、口紅で伝言をね、さよならって書いて

「子供の瞳の輝きの由来」#夏ピリカ応募作

 鏡原は太古より鏡が捨てられた土地の名である。捨てられた鏡同士は繋がり、交接し、増殖した。  鏡の製法は大別すると三種類ある。硝酸銀を用いた化学反応により作る現行方式。青銅を研磨して銅鏡とした古代のやり方。生物の瞳と聖水と魔術により作られる錬鏡術と呼ばれる製法は、術師がいなくなったために廃れてしまった。  錬鏡術の失敗作の廃棄場所、それが鏡原の起源である。生物要素が強すぎて人の手に負えなくなった鏡が、映した者を取り込んでしまったり、自ら動き回って子孫を残したりするようにな

麦わら帽子の少女と出会った日 (夏ピリカ応募作品)本文1,182文字

力強い生命力を放つ青々と伸びた草原で、白いワンピースが汚れる事も気にせず、黄色い蝶を追い駆け回る少女の姿は、僕に眩しい程の未来を感じさせた。 目的もなく車を走らせてきた僕は、車を降りてその光景を眺めていた。 すると、少女が被っていた麦わら帽子が風に飛ばされ、空に舞い上がった。 少女は黒い髪を靡かせながら、空を見上げて走った。 やがて麦わら帽子は草の上に落ち、尚も風に弄ばれて僕の目の前に転がってきた。 僕はその麦わら帽子がまた飛ばされる前に捕まえた。 「よかったー。ありがと

鏡さんに聞きたいこと /ショートショート

「鏡よ鏡、鏡さん。私の素敵なところを教えて?」 ママは、今日も夢見心地で鏡さんに話しかける。 いいなぁ。 僕も、おしゃべりしたいなぁ。 ✴︎ “内面をも映し出す鏡。  これがあれば、自己分析はもちろん、他者に見せたい自分のブランディングも思いのまま!” そんな謳い文句で、新商品『鏡さん』は発売された。 原理はこうだ。 まず専門機関を通し、鏡さんに自分の情報を覚えさせる。LINEの送受信歴から、SNSの投稿、ネットの閲覧、通話、写真、卒業文集、カードの明細、GPS情報ま

ミラーボーイ

私は鏡。 いつも色々な人や物を 映し出している。 どんなこともありのまま 見せることが出来るけれど、 私自身のことはよく分からない。  映し出されること。 それは、非日常。 ある日、可愛らしい女の子が 手鏡を持ってくるなり間に立ち 合わせ鏡を始めた。 そしたら、まあびっくり。 私ったらからっぽ。 女の子よりそのことに 気を取られている内に、 その子は姿を消していた。 それからは虚しいままの 日々が続いた。 それはそれは心細かったよ。 みんな私を見て喜んでくれたのだと 思っ

運命が変わるなんてことがあるのか

婚約者に捨てられた、ボロ雑巾のように捨てられた。よりによって、あんな女に彼を奪われるなんて。あの女のどこがいいの私の何が劣るの? 私がああいう女に負けるなんて、最愛の人を奪われるなんて、嘘だ信じられない!私の心はズタズタだ。惨めだ、もう生きていたくない、死んでしまいたい。 胸の内に煮えたぎる悲しみと敗北感を抱いて帰宅した。靴も脱がずに玄関で泣き崩れた。 何時間が経っただろうか。私はやっと立ち上がった。泣き顔を何とかしたくて顔を洗う。顔を上げて鏡を見ると、そこに私の顔は無かっ

鏡の魔女の引き抜き方│【夏ピリカグランプリ】🙌

 やあ。あんた、男前だねえ。私の好みの顔。でも髪も髭も少し伸びすぎだと思うよ。  おや? その顔は驚いてるね。  私の声が聞こえているみたいだね。  うひひ、びっくりしなくていいんだよ。  私は魔女。鏡の中に住む魔女さ。世界中のどんな鏡にも現れることができる。  でも、こっちから覗かれてることにすぐ気付く人間は珍しい。あんた、魔法使いの才能があるかも。  良かったらあんたも鏡の魔人になれば良い。鏡の魔人の給料って、けっこう良いのよ。魔女よりは少し安くなるけどさ、男も需要が

マイナンバーミラー【掌編小説】

僕らに与えられた鏡の破片。 それは、長い時間をかけて川底で円磨された小石のように、歴史とアイデンティティを感じさせる。 円形や角がとれた多角形など同じものは一つとしてなく、ジグソーパズルのピースのように、それぞれ役割と繋がりをもつ。 鏡の破片(通称マイミラー)は、出生の届出と引き換えに交付されるのだが、実際には、ICチップ内蔵のマイナンバーミラーカードに情報が書き込まれ、現物は日本銀行の貸金庫に収納する。引き出しは自由だが、紛失や破損をしても再発行はできない。 マイナ