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この寄り道に迷いなし

ーオレとアチキの西方漫遊記(34)

兵庫県明石市には深い思い入れがある。亡き祖母がここで暮らし、父が若年時代を過ごした。物心が付くまでは、夏や冬の休みになる度に遊びに行ったものだ。たくさんある思い出の場所の一つに、当時よく家族揃って「明石焼」を食べた店がある。その店は、今回の旅行の次なる目的地として向かっている京都・嵐山までのほぼ道中だ。予約した宿へのチェックインにかなり遅れるが、ここまで来て、奥さんを連れて行かない選択肢はない。迷いなく寄り道を決め、インターチェンジを降りた。

前回のお話:「『さよなら、高知』」/これまでのお話:「INDEX

思い出の店

明石焼きの老舗「こだま」003

よく行った明石焼の店は、JR明石駅(兵庫県明石市)に直結するショッピングモール内にある。ここは現在、「ピオレ」という名前だが、当時は「明石ステーションビル」と呼んでいたはずだ。祖母、叔母、父、母、姉とテーブルを囲み、それぞれ出来立ての明石焼きを出汁に浸し、ホクホクしながら食べた暖かな記憶がある。

「これも食べなさい」ー。そう言いながら、自分の前に並んだ明石焼を分けてくれた祖母の柔らかな表情を今だに覚えている。この店の明石焼には、そうした”思い出成分”が含まれている。そのため、この先、どの店の明石焼を食べても、この店を超えることはないだろう。だからこそ、奥さんにも味わってもらいたかった。

祖母と同じ言葉

明石焼きの老舗「こだま」002

幸いなことに、この店の味は奥さんにも好評だったようだ。「とろっとろっ、ふわっふわっ」を連呼してはしゃぐ。ただ、このとき奥さんの胃袋には、前日の”メガ盛りの鰹のタタキ(※)”が消化し切れず、かなり残っていたらしい。これ以上は食べられないと判断したのか、珍しく目の前の明石焼を差し出してきた:「これも食べていいよ」

記憶にある祖母と同じ言葉だった。一瞬驚いたが、すぐに我に返る。偶然の一致に過ぎない。いっそ不思議なつながりを感じたかったところだ。奥さんが実は祖母の霊に憑依されていたり、祖母の生まれ変わりだったり、あるいは他人の記憶を覗く能力があったりしたなら、話のネタになる。だが、そこには満足そうにお腹をさする奥さんの姿のみ。あくまで普段通りだ。

本来の目的地である京都・嵐山に着く頃には夜が更けていた。午後、桂浜(高知県高知市)を出発したときに降りだした雨は止む気配もなく、暗闇の中、依然しんしんと降っている。そんな中でも、心は晴れ晴れとしていた。思い出の明石焼の味を奥さんに楽しんでもらえた満足感が大きい。それが鬱蒼としてしまいそうな空気を吹き飛ばしてくれた。

こんなことがあるから寄り道はやめられない。(続く)

(写真〈上から順に〉:馴染みだった店の明石焼に祖母の顔を思い出す=フリー素材などでりす作成、当時とは趣が違う店の様子=りす、「とろっとろ、ふわっふわっ」の明石焼=同)

関連リンク(前回の話):

「オレとアチキの西方漫遊記」シリーズ:


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