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働くことってそんなに大事?-「なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか―バーンアウト文化を終わらせるためにできること」

本日ご紹介する本は、ジョナサン・マレシック『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか―バーンアウト文化を終わらせるためにできること』です。
マレシック氏は、大学時代の恩師の影響で大学教授に憧れ、実際に大学教授となり、テニュア(終身在職権)まで手にしましたが、その後バーンアウトし、テニュアも手放して大学教授の職を辞します。
そうした彼が、専門である神学に加え、あらゆる学問を研究しながら、現代の職業観が燃え尽き症候群の原因となっていることを明らかにし、社会が求める労働観を超越した新しい生き方を探る一冊です。

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どんな人におすすめ?

  • 仕事や成長・成功に一生懸命努力してきたが、疲れ始めている人

  • バーンアウト経験者、予備軍だと感じる方

  • 働く意味、ひいては生きる意味が何なのかを考えている人

  • 仕事と自分の人生の関係性を模索している人

本書目次

第1部 バーンアウト文化
・誰もがバーンアウトしているのに、誰もバーンアウトの実態を知らない
・バーンアウトー最初の二〇〇〇年
・バーンアウト・スペクトラム
・バーンアウトの時代、労働環境はいかに悪化したか
・仕事の聖人と仕事の殉教者ー私たちの理想の問題点

第2部 カウンターカルチャー
・すべてを手に入れることはできるー新たな「良い人生」像
・ベネディクト会は仕事という悪霊をどのように手なづけたのか
・さまざまなバーンアウト対策

終わりに ポスト・パンデミックの世界における非エッセンシャルワーク

本書のまとめ

① バーンアウトとは何か?その誤解

著者は、自身がバーンアウト(と解されること)を経験したことで、大学教授らしくあらゆる学問を横断し文献をリサーチしていきます。

その結果の一つの発見が、世の中ではバーンアウトがあらゆる意味で使われており、我々の中に「バーンアウト」のコンセンサスがないことでした。
精神医学における診断マニュアルであるDSMにはバーンアウトという病名はなく、ビジネス上の文脈で言えば、経営者や人事部目線での偏見に満ちたものや、あるいは労働者の一部は、「隠れた自画自賛」や「自分は悪くない」という言い訳のために、自らを『バーンアウト』と呼んだりさえします。

地獄のミサワ

そのような中、著者マレシックは労働者と社会の関係性からバーンアウトを論じるUCバークレーの心理学者マスラークの論文を挙げます。
マスラークの主な主張は、
バーンアウトは仕事に対する高潔な理想を持つ人間に起きやすい
・バーンアウトは本人の能力や資質の問題でなく現実に対処する訓練不足によるもの
・バーンアウトは労働者自身の問題でなく、人々が働く社会環境の問題である
といったものです。

実際、バーンアウトは教授や医者、あるいはNPOなど、「高い理想を掲げて職務に就いた人たち」に多く発生するといいます。
理想をもって職務に就いたにも拘らず、想像と違う現実に打ちのめされ意欲を失っていくようです。

そして、バーンアウトに陥ると、次の三つの症状が出るといい、これらを「マスラーク・バーンアウト・インベントリー(MBI)」として17項目の設問でスコアリングする方法を提唱しました。
ⅰ 消耗感仕事に絶えずエネルギーを吸い取られる
ⅱ シニシズム
顧客や同僚を助けるべき相手でなく問題と感じてしまう
ⅲ 有能感・達成感の低下
自分が何も達成できていないと感じる

なお、日本語版の設問はこちらですので、興味ある方はご自身の状況をスコアリングしてみるといいかもしれません。(出所:一般社団法人三陽会)
https://sanyokai-clinic.com/kokoro/burn-out/checklist/

このMBIをベースにバーンアウトをスペクトラムとして捉えると、3項目中の1~2項目だけ満たしているものをバーンアウト「予備軍」三項目全てで高得点が出たものをバーンアウトとして整理することができます。
そうすると、前者は概ね人口の半分程度、後者は1割程度が該当するといい、我々の実感や世の中のうつ病の人数(バーンアウトとうつ病は非常に高い相関を示します)などとも合致するのではないでしょうか。

このように、バーンアウトは、「理想」と「現実」のギャップから生じることがよくわかります。マレシックは、これを「二本の竹馬」に例えます。
一方が理想、もう一方の竹馬が現実とすると、理想をあらぬ方向に掲げ、それに対して現実がついていかないと、竹馬に乗っている人間は最初は必死にバランスを取ろうとするものの、いずれ竹馬から落ちてしまうのです。

②「仕事の神聖化」はいつから始まったのか

続いて著者は、こうしたバーンアウトを歴史や宗教・社会観から紐解いていきます

そもそも「バーンアウト」という言葉が症状として初めて使われはじめたのは、1970年代半ばだそうです。
この時期は、米国で言えばいわゆる「ニクソンショック」の直後であり、マーティン・ルーサー・キングJr等にけん引された理想主義の終焉、あるいは米国における経済や労働者の報酬の成長の黄金期を少し過ぎた時期、と言うように、世間全般への暗雲が差し込め、それまでのような成長一辺倒の理想が社会的にも陰りだした時期と言えるかもしれません。

このように「現実」が悪化してきた一方で、バーンアウトのもう一方の竹馬である「理想」は、1970年以降の50年でさらに高くなってきた、とマレシックは説きます。

その「理想」とは、現代における「仕事は尊厳、人格、目的の源である」という通念です。著者はこれは「高貴な嘘」であり「社会の基本的な仕組みを正当化するためのまやかし」であると論じます。

そして、それを新自由主義下での経済的変化や、歴史的なキリスト教観などの観点で、どのように形成されてきたかを紐解いていきます。

経済的には、以下のような変化によって推進されてきたと説明します。
ⅰ. 資本家によるコスト・リスク負担の労働者への付け替え
経済の停滞に伴い、資本家は労働者を資産ではなくコストとみなすようになり、「効率化」を目的に低賃金・非正規化を進めてきたこと

ⅱ. 工業化・情報革命によるサービス業へのシフト
工業化に伴い、労働者の動態は製造業でのライン工からサービス業へシフトしました。その結果、労働者は常に対人サービスや対人協力のためのサービス精神を強要されます。そして、その「仕事上の人格」がプライベートをも浸食し、人は常に「良い人間である」ことを強要されるようになったこと

ⅲ. トヨタ生産方式に代表されるブルーカラーのホワイトカラー化
労働者を時間給の工数(ブルーカラー)としてでなく、「新米経営者」(ホワイトカラー)として扱い、考えることや職務への意欲を強制する経営方式。「エンゲージメント」が経営上重視されるようになったこともこれと同様


続いて、宗教的な観点では以下のような出来事を挙げます。

ⅰ. マーティン・ルターによる宗教改革
ルターは、農民や商人の仕事が神の摂理にかなった人間社会の設計となるよう、「天職」という言葉を生み出し、仕事を「神の命令を遂行するもの」として位置づけたこと

ⅱ. ジョン・カルヴァンによる「予定説」
ルターと同時期にプロテスタントの宗教改革を推進したカルヴァンは、「予定説」の提唱者として知られます。それは、「神は救う人を選んでいる」が、「人は自分が選ばれているかは分からない」というものですが、その結果として人々は、「自分は神に選ばれた」ことを証明するため、一生懸命善行(=仕事)に励むようになった、といいます

ⅲ. マックス・ヴェーバーによるプロテスタンティズムと資本主義の統合
ヴェーバーは、ⅰ・ⅱのようなプロテスタントの考えがどのように資本主義に統合されていったかを、その「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で説明しています。
ヴェーバーは資本主義を「巨大な秩序会(コスモス)」と考え、人々は資本主義の中で生きざるを得ず、我々の意志に関係なく資本主義の秩序が我々に決断を強いると説きます。そこでは、カルヴァンの予定説が資本家と労働者の関係にあてはめられ、労働者は、「自分は才能があり、自己目的的性格で労働者の模範である」ように資本家・経営者にアピールし、それを他者から認められたがるようになった、と言います。

このように、経済的・宗教的観点から、現代の世界では仕事があまりに神聖化されており、人々は「仕事の聖人」としてその価値観(宗教)に深くコミットするようになりましたが、その代償として生まれたのがバーンアウトであり、著者はそれらのバーンアウトした人々を「仕事の殉教者」と呼ぶことで、第一部を終えます。


③ バーンアウト社会への処方箋

マレシックは、本書第一部でこれまでのようなバーンアウトの定義・歴史的経緯に触れた後、第二部ではバーンアウトを回避し、充実した人生を送るための新たな仕事観について検討します。

まず、著者はバーンアウト”文化”からできるだけ遠い生き方をしている人々を訪ねます。

その中でも最も興味深いのが、祈りに最重点を置くベネディクト会(カトリックの修道会)のありようです。
彼らは、修道会を運営するための手段として労働はしますが、あくまで中心を祈りにおいています。そのため、仕事を終了する鐘が鳴れば、仕事は途中でも終了し、やり残しがあっても気にしません
また、1990年代には、インターネット事業で大成功し大きな収益と広大な市場のチャンスを目前にしたにもかかわらず、「祈りの時間が阻害される」ことを理由にその事業から撤退する決断をしたといいます。

その他にも、従業員の尊厳や従業員同士の感謝を中心に運営するNPO、仕事よりも趣味に生きる人たち、障害のあるアーティストなどとも触れ合います。
障害あるアーティストとの会話では、現代における「障害」というのは、「働くにあたって問題のある」という意味でしかない、と言われ、いかに我々が労働中心にあらゆる物事を定義しているかに気づかされます。

こうした人々に共通することは、賃金労働の対価として「人間の尊厳」を得ようとするのではなく、「人間の尊厳」は自分自身や他者への思いやりとしてまずそこに存在しており、得るものではないということです。
こうして尊厳が満たされていれば、人はそれぞれ、余暇や祈りなどに自身の人生の最高の目的を見出すことができるようになる、とこれらの例は示しているといえるでしょう。

そして、これらをまとめた新たな仕事観として、著者は「自分自身や他者への配慮、コミュニティ、最高の余暇」を第一に、その余った時間で両立させるものが仕事である、という仕事中心からのパラダイムの転換を説きます。

なお、気になるマレシック自身ですが、現在は非常勤講師として1~2コマの授業のみを担当することで、収入は以前の1/4に落ちたものの、バーンアウトを克服し幸せに生きているのだそうです。

本書から得られる気づき

① 「仕事=人生」という宗教からの脱却

あなたは、仕事にどれくらい自身の人生を捧げていますか?
私も以前は、(戦略コンサル→スタートアップという職歴に分かりやすく出ているように)仕事を神聖化し、資本主義が世の中を豊かに・幸せにすると信じて働いてきました。
出世やキャリアアップ、お金があれば何でもできる、と思っている方は、「それは本当なのか?」を改めて自身に問い直す時期なのかもしれません。私自身、上記のようなキャリアで金銭的には大変恵まれましたが、実際の生活にはその1/3の金額があれば十分でした。

また、バーンアウトの本に「トヨタ」が出てきたのは意外なように思えますが、 日本で蔓延る「総合職」「新卒一括採用」 「終身雇用」 も、あえてネガティブに見れば、「皆大事だよ」 「誰でも出世して経営者になれるよ」 「家族として会社のために頑張ろう」、 という会社や仕事を神聖化する側面もあるとも言えるのかもしれません。

私たちは今、AIの発展的進歩によって、工業化時代と同様に大きな労働環境の変化の目前に立たされています。
多くの人が、今やっている仕事ではない方法で生きていくことになるのではないでしょうか。

こうした変化の時代において、仕事と人生を一体化する考え方は、精神安定薬のようで、実はバーンアウトの温床にもなりえます。
こうしたメタ的な視点を持ったうえで、「その仕事に人生を捧げる必要があるのか?」を考え、自分の人生、行動を再評価することが、私たちには必要なのかもしれません。

② バーンアウトと成人発達とうつ病

筆者(もりや)がよく書評に絡めて紹介する概念に、「成人発達理論」があります。(あるいは「ティール組織」の元となったインテグラル理論なども同様のコンセプトです)

これは、ある人間の世の中に対する見方・価値観の生涯変化を発達と捉えて整理する理論ですが、この「発達段階」が変わる直前には、バーンアウト的な精神・身体の状態が発生することが多くあります

特に、社会の価値観から自分なりの価値観を形成する自己主導段階への移行や、自分の価値観(だけが正しいこと)が崩壊し新たな世界観を再構築する相互発達段階への移行の際によく見られるのだと思います。

この発達の過程では、価値観の変化(作り直し)に伴い、これまでの価値観に最適化していた環境や選択が強いストレスとなり、適応障害やうつ状態といった症状が現れることもあります。
実際、心理学者にも、うつ症状の一部はこうしたパラダイムの転換によって起こると主張している人もいます。

しかし、価値観の再形成を終えると、新たな発達段階で安定するため、一般的には前の発達段階よりも幸せになることができるといわれています。

このように考えると、バーンアウトは単なるつらい経験ではなく、新たな自分・さらなる成熟・幸福への発達のステップであり、無意識が私たちに変化の必要性を訴えている、と捉えられるのではないでしょうか。

最後に(筆者自身の経験)

実は筆者(もりや)自身、この1年でバーンアウトを経験しました。

私の場合、従来の「より良い世の中を遺す。そのために社会の企業価値の総和を上げる」という価値観から、「企業価値やファイナンス理論は資本家の富だけを説明している」、「歴史的に資本家は労働者を搾取することで経済成長を上回るリターンを続けており、資本主義は資本家のための仕組みである」(ピケティ等)、といった世の中のジレンマや、スタートアップという資本家と労働者の分配のありようを代表するような現実に直面し、バーンアウトに陥りました。

そんなバーンアウト当時に出会ったのが本書であり、先に紹介したような「バーンアウトは社会環境の問題であるという視点にはずいぶん救われました

今は、資本主義と決別し(資本主義自体を否定はしていません)、人々の幸福を支援するありように向けて模索しているところです。
10年前の自分が見たら、きっと想像できないことでしょう。

仕事や人生のあり方にお悩みの方は、ぜひ本書を手に取ってみてください。

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本書も一押しです。

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おしまい。

本noteは全記事無料で提供しております。
私の気づきが、少しでも皆さんの幸福に繋がれば幸いです。

これまでのキャリア経験(大企業・戦略コンサル・スタートアップ)を通じた示唆や、性格理論・成人発達理論・自己実現・自己超越などの知見をもとに、キャリア・ライフコーチングを行っています。
人生・人間関係・キャリア・成長・成熟など、お悩みの際はいつでもご相談ください!ご相談はこちらから。
https://note.com/wellbeinglibrary/n/na756d1a160db

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