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死を選択すること。

こんばんは。最近昼夜逆転しかけています。

はこです。




友達に、死にたい。と言われた時、あなたならなんと答えますか?



私は高校の時、なんと答えるのが正解だったのでしょうか。





死にたい。高校の時、友人から、毎日のようにこの言葉を聞いていました。




初めて聞いた時は、驚いてしまったこともあり、咄嗟に、やめてよそんなこと言うの。と言ってしまいました。





でも、その友人は自傷行為を繰り返していたり、休み時間は人通りの少ない廊下の窓の側に椅子を置いて立っていたり。




私は、色々な先生から、様子見ておいてあげてね、とか、話聞いてあげて、と言われていたので、高校2年生の後半くらいから、休み時間や登下校はできる限りその友人といるようにしていました。





気分の浮き沈みが激しい時もありますが、普段の振る舞いはあかるい印象をもたれる女の子でした。




その中で、私は日々友人の何気ない話を聞いたり、友人の中にあるもどかしさ、生きづらさを感じているうちに、「死なないで」と言えなくなりました。




言葉の重さは日によって違ったのかもしれませんが、毎日の「死にたい」に、私は、

何も言えない日もあれば、「そうか、私は寂しいなあ。」と答える日もあり、何が正解だったのか、あの時友人は私に何を求めていたのか、何も求めていなかったのか。今でも考える日があります。





友人はある日、自殺未遂をしました。学校付近での出来事だったため、見かけた生徒が先生に報告をし、駆けつけた先生のおかげで命を落とすことはありませんでした。





その先生は、その時だけでなく、ずっとずっと、私たちの手を絶対に話さない。その友人や私にとって、とても大きな存在でした。




この出来事を後から知り、友人の元へ行くと、

「ごめんね。」

と言われました。





その後も色々な出来事がありましたが、友人は通院や様々な出来事を通し、今も生きています。





私は、自殺を悪いことだとは思っていません。
自殺を選んだ人に対し、何を思い、感じるかは自由だと思います。


しかし、自ら命を絶つという選択をするのには、その人のこれまでの人生で出会った人には解決できなかった"何か"が、必ずあるのだと、私は思います。





私は高校の時、友人が本気で自分に向き合って導き出した、今の自分が1番幸せになれる方法が死だと言ったら、きっと、止めることは出来ませんでした。





生きていて欲しいのは私の願望であり、私の幸せです。生きていれば必ず良いことがある、なんて言える勇気もありません。
ただ一緒にいることしかできない。私がずっと生きている保証もない。








結果友人は今も元気に生きていますが、今後、死を向いている人間に出会った時、私はどうすれば良いのでしょうか。




すごく重い内容になってしまっているのかもしれませんが、自死について考える機会があったので、ここで。




これを読んでいる中にもきっといるのだと思います。勝手な感情を押し付けるようで、見知らぬ人間に言われることは大変不愉快だと思いますが、


私は、私の勝手な思いは、あなたにも、生きていて欲しい。
でも、死を選ぶあなたを責めたり、否定することは絶対にしません。あなたの今の感情や、自分でも受け止められない思いも、全部全部、私は受け取りたい。






長々とすみません。


またここで。お会いできますように。



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