デザイナーを伸ばす育成と評価~伸び悩まない組織づくり/師弟で新卒育成~
「デザイナーを伸ばす育成と評価」をテーマに、株式会社サイバーエージェントの井上辰徳さんをゲストに招いて、評価や育成について各社の事例共有&参加者の皆さんからの質問に回答するトークセッション形式でオンラインイベントを開催しました。
メンバーが伸び悩まないために、組織としてメンバーを伸ばせる育成や組織づくりのポイントを考える今回。その内容をご紹介します。
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そのスキル本当に必要?本当にデザイナーが伸び悩まないためにはじめたこと」
株式会社サイバーエージェント クリエイティブディレクター 井上辰徳
今回のお題「メンバーが伸び悩まないために組織としてメンバーを伸ばせるデザイナー育成や組織づくり」について、以前書いた記事「デザイナーが伸び悩まないためのスキル27分類 | CA BASE CAMP」を、現場でどのように活かしているか、実用例として、目標設定や評価で活用した時のことをお話します。
はじめに、スキルの27分類を紹介します。「基礎スキル」「標準スキル」「リーダースキル」の3つに分けて、各9つのスキルがあって27個。新卒デザイナーに必要なスキル、一人前になったら必要なスキル、リーダーになったら必要なスキルをまとめたものです。
はじめは、これを1on1などコーチングツールとしてフィードバックに活用していましたが、目標設定にも活かせるのではないかと、活用をはじめました。その時にどんな問題が出てきたのか、どんな解決策を行ってきたのかを紹介します。
目標設定で活用する中で、問題としては3つありました。
1. コンプリート問題
27分類を見ると全部マスターしたくなってしまいます。これが1番多く発生する問題で、かつ勘違いされることが多いことです。全部重要だからと目標設定に全部の項目にチェックしてしまうこともありましたがこれは良くないことだと思います。
この27分類は強みや弱みがどこにあるのか可視化して見つける為のものであって、全部をマスターする為の物ではありません。どんな部分を伸ばすかは、計画的にする必要があります。
2. 外から見えない問題
なるべく定量に、という話もありますが、どのスキルがどれくらい伸びたか、定量では表現できない部分が多く、周囲からは成長が見えづらいということがあると思います。これをどうやって評価したらいいのか?評価のポイントは3個あるかなと思い、まとめました。
参考:技能・技術論
前提として、「技術」と「技能」は別と考えます。「技術」は方法としてドキュメント化されていることで、「技能」はその技術を扱う力のこと。例えば料理人なら、レシピ化することが「技術」、料理をすること・レシピを再現する力が「技能」となります。技術を使う上では技能が必要になってきますが、技能は言葉では表しにくい・見えにくいものです。
評価する際のポイントとしては、
①技能の幅:「扱える技術が増えているか?」例えばデザイナーならPhotoshopが使える、Figmaが使える、といった量です。こんな技術が使えるようになりましたね、と比較的評価しやすい所です。
②技術力:「技術を生み出しているか?」例えば、技能をドキュメント化・発信して、他の人も技術として使えるように昇華させられているか、といった所がポイントになります。
③技能力:「どれくらい成熟しているか?」技能力の向上は技を洗練していくことで、底なしです。そして、ここがどうしても見にくい・評価しにくい所です。定期的な振り返りから、成熟した部分を見つけ出すことが重要です。
3. スキルが大事?問題
強みや弱みを考える時、「スキル」に着目すると、それだけが大事に思えてしまい志向性や価値観といった本質的な強みがどこにあるのかという部分が薄れてしまいます。もちろんUI設計やイラストなどのスキルも大事なことですが、その人にどんな価値観や強みがあるからどのスキルを選び活用しているのかが重要だと思います。
まとめ:27分類を目標設定に使用する際の注意点
・27個あると全てをマスターしたくなるが、マスターすることが重要ではない
・スキルだけに注目すると成熟度は評価しづらい
・具体的なスキルだけを見ると本質的なものが見えにくくなる
続いて、これらの問題に対して解決策としてやった3つをご紹介します。
1. キャリブレーション
評価を行うマネージャーが複数いる中で、それぞれがキャリア指標の通りにメンバーのことを評価できるように、マネージャー同士がお互いのメンバー評価についてディスカッションしています。マネージャーはキャリブレーションを通して評価する視点を養っています。毎半期ごとに新しい視点を取り入れていく事ができます。
2. ライフストーリートーク ※実験的に導入中
専門スキルではなく、志向性などからくる強みを見つけようと「insight」をもとにグループでワークを実施しました。本では個人ワークですが、これをグループでやってみることにしました。
ルール・進め方:
①自分の過去を振り返って、年代ごとの体験を書き出す
②体験はなるべく具体的にエピソードとして文章にする
③書き出した文章を発表
④聞き役がエピソードの解像度を上げる深ぼり質問をする ※ここが重要
④の注意点:
・質問は起きた事象の感情に焦点を当てて、オープンクエスチョンが基本
・「なぜ」よりも「なに」の質問をすること
・聞き役は、助言者にはならないこと
出来たストーリーは、一見バラバラなエピソードも、汎化して志向性に落とし込むことで強み弱みが見えてきます。この時、ネガティブなワードをそのままにしないことも大事です。強みと弱みは表裏一体なので、言い換えたり原因を考えると本質的なものにたどり着いたり、強みに活きるものが見えてきたりします。
良かったこと:
・志向性を周りに理解してもらうことで目標にも納得感が増す
・自分の弱みを整理して理解していると、落ち込みにくくポジティブに考えられる
注意点:
・過去の自分をさらけ出すので心理的安全性が大事。聞く相手が重要。
・上記に加え、時間もかかるので、全員にやるのは難しい。
3. とんがりポイントどこですか ※実験的に導入中
UXの5段階モデルのように、製品やサービスが世に出ていくまでの過程が存在します。デザイナー自身がUXの5段階モデルの中で、自分の得意領域はどこなのかそれぞれの強みが見えてくると良いなと考えたものです。
4,5人のグループで1時間半ほどのワークです。
ルール:
①とんがりワードβ版 25個のキーワードから対象となる人に当てはまるワードを3つ選ぶ
②キーワードを選んだ理由を本人にフィードバック
③キーワードを5つのジャンルに分けて合計点を加算
④合計点からレーダーチャートに当てはめる
良かった点:
・強みのポジティブなフィードバックなので気分が良い(合宿のアイスブレイクになる)
・伸ばす方向性や強みなど意外性があって面白い
・お互いの得意領域を知ることで開発チームでの協力関係がより強固になる
注意点:
・戦闘力の可視化ではないので、優劣の判断には使わない
・可視化することでかかるバイアスにとらわれすぎない(特に若いうちは技能の幅を広げる事も大事)
・前提として相手をよく知っている必要があるので、関係性が深い人とやるのがおすすめ
全体のまとめ
・スキルは見えにくいものなので、どこを見るか(①技能の幅・②技術力・③技能力)も重要
・評価は、評価基準をつくって終わりではない。それを活用する評価者の視点を育てていくことが重要
・専門スキルだけを見ていると本当の強みは見えてこない。その人の志向性や価値観にも注目して強みを引き出していくことが重要
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「師弟制度やってみた」
株式会社ウエディングパーク デザイナー 山下瞳
ウエディングパークの新卒デザイナー育成で行った「師弟制度」を、①何でやってみたのか?②実施方法③ここがやばい!(オススメ)④今後の展開の4部構成でご紹介します。
何でやってみたのか?
初めての新卒デザイナーがいよいよ入社。部署でどんな風に育成をしたらいいかをみんなで考えていました。色々な会社の取り組みを調べて参考にした中で、クックパッドさんで行っていた師匠制度を参考にアレンジを加えて実施する事にしました。
実施方法
メンター制度に近いですが、「メンター」よりもわかりやすいし、「師匠」という言葉は頼りやすのではないか?と提案して、育てる私に任せる!とマネージャーに言ってもらいフットワーク軽く運用開始しました。
体制としては、マネージャー・先輩デザイナーの私・新卒デザイナーのトライアングルです。
関係としては、マネージャーと私は、デザイナー視点で新卒デザイナーの目標に際して技術視点での取り入れたい項目や要素をすり合わせたり、話した中でのメンタル面やスキルアップしていったほうが良いことなどを育成ミーティングですり合わせたりと先ほど井上さんがおっしゃっていたようなキャリブレーションをしていました。
一方、弟子と師匠の関係としては、マンツーマンでのデザイナーとしての技術指導をする関係です。
次に、この技術指導では実際に何をやっていたのか?を一部ご紹介します。
1. 案件のフォロー
初期段階では、例えばデザイン工数の概算出しも、デザイナーとしてのキャリアが浅い中では難しいのでフォローに入ったり、案件の進捗確認をしたりしていました。また、追加の仕様の提案に一緒に入ったり、サイト自体の仕様理解を深めるための相談や運用する中でのフォローを行ったりしていました。
2. 一次レビュー
デザイナーチームへのレビュー前に、まずは一次レビューをしています。ここで細かいデザインの調整をしたり、アドバイスを行ったりしていました。
また、当社ではデザイナーがコーディングも行うのですが、コーディング手法が様々ある中で、本人が選んだもの以外の選択肢をアドバイスしたり、実践的に制作手法を見せたりもしていました。
3. スキルアップ課題
弟子から「もっとスキルアップしたい!」というお願いをもらい、illustratorやPhotoshopなどの活用をスキルアップするための課題を用意して、実施した課題に対するフィードバックを行っていました。
師弟制度のここがヤバい!
これを毎日行っていく中で、ぐんぐん弟子の新卒デザイナーが成長していくのを感じていました。それにも増して師弟制度の良さを実感したのは、副次的な効果として師匠である私が「めちゃくちゃ成長できた!」という実感があることでした。
1. 言語化
毎日技術指導する中で、とにかく言葉にして伝えてきたので、自分自身の言語化のトレーニングになりました。
毎日「何でこれが実現できるの?」「何でそうなるの?」という「Why」のシャワーが降り注ぐので、それに答えていくうちにとても言語化が進みました。そのおかげで、デザイン評価軸の制定が非常にスムーズに進められました。
2. ナレッジ化
自分にとっての当たり前が、教えるべきことだと気づくことができました。
今までもナレッジ化は進めてきていましたが、デザイナー経験のあるメンバーで構成されていたので、駆け出しのデザイナーに対してのナレッジ化が進みましたし、デザインがどうやってできるのかを構造化して、デザインガイドラインをつくろうという話に繋がりました。
3. モチベーションアップ
弟子の活躍が非常に嬉しく、弟子の成長を応援したくなり、私自身のモチベーションが上がりました。
こんなに頑張っている弟子がいるんだから、自分も頑張らなきゃ!と思えて成長意欲がわき、もっとチャレンジする機会を弟子にも自分にも作りたいと考えるようになりました。近々チャレンジ企画を実施する予定です。
今後の展開
こんな可能性もあるかも、という今後の展開としては、
1. 師匠の入れ替わり
「鬼滅の刃」の柱稽古のように、デザイナーによって得意な領域が違うので、師匠は1人ではなくローテーションして変わっていくと、様々なスキルが身につけられて、新しい発見もありそうです。
2. 師匠のお墨付き
デザイナーのスキルを測るのは難しく軸も沢山あるため、自己申告が多いと感じています。そんな中で、師匠からお墨付きがもらえたら、自信にもつながるし、非デザイナーのメンバーにもわかりやすく伝わるのではないでしょうか。
3. 指名師匠制度
新人じゃなくても師匠を指名してつけて指導してもらえる制度ができたらいいなと思っています。師弟制度を実施する中で、私も師匠が欲しい!同じデザイナーチームの中でコーディングが得意なメンバーに自分の師匠になってほしい!と思っています…!
全体のまとめ
師弟制度は、師匠である私も成長できたと感じられるものとなり、リスペクトがお互いに生まれ、助け合って成長できたとてもいい制度だったなと思います。こんな風にブラッシュアップして続けていきたいと思える物でした。
最後に、一緒に頑張ってくれた弟子のSさん、私を成長させてくれてありがとうございました!
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トークセッション
ーー「デザイナーが一社でキャリアアップするために必要なことは?」組織づくり目線、デザイナー個人目線で教えてください。
井上:まずは組織目線で言うと、自分の主語が「デザイナー」だけでなく「会社」や「経営」をどう成功させるかという視点が変わるとグンと成長が加速変わってきます。そこがインハウスのデザイナーの魅力だと思うので、主語を変えながらチャレンジできるといいのかなと思います。
デザイナー個人目線で言うと、「デザインの勉強」だけをするのはもったいないと思います。世の中ですでに研ぎ澄まされた事を勉強するのはもったいないかなと思います。
一見、自分に関係ないこと、普段関わりのあるエンジニアだけじゃなくて、全然違う幅広い職種や業種の人がやっている技術や構造を理解して、自分のデザインの仕事に転用できるようになってくると成長の角度も変わってくると思います。
山下:組織目線で言うと、デザイナーが事業をつくる意識になれる事が大事です。デザイナーという職種だけにとらわれずに関われるのがインハウスデザイナーとしての醍醐味で楽しさです。そのために、メディアを発展させるためにどうしていくかを話せる環境が必要です。
私個人の目線で言うと、悩んだことがあれば社内のデザイナーとよく話すようにしています。普段一緒に開発をするメンバーだけじゃなくて、他の事業を担当している同じ会社のデザイナーがどう考えているのかを聞いてヒントになります。そんな風にデザイナー同士で深く繋がる事も大事だと思っています。
ーー「個人のデザインスキルだけでなく、デザイン組織として制作クオリティを上げるためにしていることを教えてください」
井上:色々な施策をやっていますが、大事なことは目線を上げ続けることが重要だと思います。性善説ではありますが、目線が高ければ個人個人が学ぶだろうと思っています。なので、そういう文化づくりが大事だと思います。サイバーエージェントは「素直でいいやつ」という採用基準や文化があるので、性善説を信じている人を採用するそれを継承し続けて高い目線でアウトプット出来るといいのかなと思います。
組織へのアクションはトップアップが重要だと思います。トップ層が目線高くワクワクしていないと下のメンバーもワクワク出来ないので。先輩であればあるほど高い目線を持っていた方が良いですね。
山下:自社で一番いいなと思うのはデザインレビューを全デザイナーでしあっていることです。同じ会社のデザイナーから良かった所とこれからの期待をしっかりとフィードバックをすること、レビューをクリアすることが制作クオリティに繋がっていると思います。
四半期末にはお互いのポートフォリオへのフィードバックも行っています。
横軸での連携にも繋がるし、フィードバックすることも言語化のトレーニングになります。
レビューの際は、制作物に対するレビューであって個人に対する物ではないということは、文化として根付かせた上でやることが大事だと思います。
心理的安全性にも繋がると思うんですが、先輩後輩関係なく、こんな風にお互いに今後期待する点を言い合えるような関係が、いいものを作るときにはとても大事だと思います。
ーー「お二人のキャリアや成長の考え方を教えてください。自身の成長のためにしていることはありますか?」
山下:「嫌い」なことを捨てることにしました。先日社内のデザイナーLT会で、それぞれの「好き」「嫌い」「得意」「苦手」についてのマトリクスを作って、自分のスキルやプライベートをマッピングして可視化しました。その時、「嫌い」の所って、自分がリードしなくてもいいんじゃないかと思ったんです。できることには限界があるので、「得意」で「好き」な、とんがりポイントに注力してもっと伸ばす方向にシフトすることにしました。その方が自分のバリューが出せるんじゃないかなと思ったんです。
自分の苦手を補ってもらえるような人との関係性を深めてフォローし合いたいと思っています。
井上:キャリアの考え方は2種類あると思っていて、ひとつは自分でやりたいことが明確でビジョンを持ってそれに向かってやるという長期的なスコープで見るビジョンと、もうひとつは、未来は予測しづらいし変わって当たり前なので、どんなことが起きても耐えられるように、その場その場で自分の最適な選択ができるようにスキルを身につけておく。という瞬発的に選んでいくビジョンの2種類あって、向き不向きは人それぞれのタイプによるのかなと思います。
“未来のビジョンがなくて困っている”という人もいるけど、それがダメなわけじゃなくて、ちゃんと自分が今できる日頃のインプットが瞬間のやりたいことに結びついていくので大事なのかなという気がしています。
個人的な成長に関しては、山下さんがプレゼンでも言っていましたが、後輩から学んでいくことは僕も日々ありがたく思っています。
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以上、「デザイナーを伸ばす育成と評価」をテーマに開催したイベント内容をお届けしました。
最後に、井上さんが「ライフストーリートーク」「とんがりポイントどこですか」について詳しく解説しているnoteもご紹介しておきます。
▼前回の「enjoy!インハウス」