加藤弥(Wataru Kato)

編集者。1982年生まれ。思いつきでたまに書きます。

加藤弥(Wataru Kato)

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最近の記事

映画オッペンハイマーは、最高のエンタメだがコンサバでチキン

クリストファー・ノーラン監督の映画は大概、男たちの勝利で終幕を迎える。 『ダークナイト』シリーズも『インセプション』も『インターステラー』も『TENET』も、主人公の男たちは悲劇を乗り越えて最終的には生き残る。 それは、核兵器開発を主導した物理学者ロバート・オッペンハイマーの半生が描かれた映画『オッペンハイマー』でも繰り返された。 史実とはいえ、戦勝国の英雄となったオッペンハイマーは、悲劇を乗り越えて生きながらえる。 ノーラン監督作の主人公は大抵、強迫観念を抱えた性格の持ち主

    • 非クリエイター向けクリエイティブ解説

      オーストリア・ウィーンの美術史美術館に一枚の絵が飾られている。 ピーテル・ブリューゲル《バベルの塔》。 旧約聖書の創世記に登場する巨大な塔は、歴史上最も古いコミュニケーションのストーリーを思い起こさせる。 遠い昔、人類は砂漠で一致団結し、レンガとモルタルを使って、天高くそびえる塔を建築しようとした。作業は驚くほど順調に進んだ。 だが、作業者たちは突如として同じ言葉を話す能力を失ってしまう。これを境にすべては崩壊し、団結していた人々も世界中に散らばった。 この逸話は、相互のコミ

      • 獄暑の東京から涼感の札幌へ

        もう無理だ。2023年の夏、東京に暮らす多くの人がそう思ったに違いない。 2023年を迎えた東京の暑さは例年になく異常だった。地獄にいるような暑さは「酷暑」という表現を超えてもはや「獄暑」といって差し支えない。 環境省が2019年7月に公開した動画「2100年 未来の天気予報」によると、夏季の熱中症などの死者は日本全国で1.5万人を超え、東京の最高気温は夏には43.3℃、真冬の2月でも26℃の夏日になる見通しだという。 要するに、今後気温が上がることはあっても下がる可能性は低

        • 原稿をうまく書けないと嘆く新人が今すぐ抑えるべき3つの衝動

          いきなりマウントを取って恐縮だが、記者や編集者の後輩たちからよくこう聞かれる。 「加藤さんみたいにうまく原稿を書けるようになるにはどうしたらいいんですか」 この類の質問をしょっちゅう受け、相手が誰であっても毎回同じ内容で説明する。これまでに同様の相談を数百回と受けてきて、毎度説明するのがさすがに面倒に感じてきた。 いつも同じ回答になるなら、いっそきちんと言語化して記事を作れば、「これ読んで」と言ってリンクを共有して済ませられると思い、ここにその回答を記す。 一体、どうしたら原

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          ジャニーズ性暴力事件を報じる前にまずは謝れよと思う

          ジャニーズ性暴力事件に関し、相変わらずメディアの報道姿勢がだらしない。 スクープを連発する週刊文春を除けば、新聞社もテレビ局も通信社も出版社もウェブメディアも、ジャニー喜多川の犯罪性を正面から追及する調査報道を行っていない。 何十年にもわたって卑劣な犯罪行為を看過し、ジャニー喜多川による鬼畜の所業を黙認または追認してきたメディアの実態は、十分に検証されないまま今日に至っている。 実際、今のところメディアの世界では誰も責任を取っていない。検証されずに時間だけが過ぎていく様を見る

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          立花隆を見かけた深夜2時のダイエー

          東京・小石川。桜の名所として知られる播磨坂にほど近いエリアには、文豪ゆかりの場所が点在している。 明治や昭和の時代とは違い、現在の小石川はこれといって風情のある土地ではなく、文学の香りが街から漂ってくるわけでもない。 かつてこの地に部屋を借りていたが、当時よく見かける作家といえば立花隆くらいだった。 深夜2時のスーパーで はじめて立花隆を見かけたのは平日の深夜だった。 2010年から2013年まで、ニュース編集者として東京・汐留にあるテレビ局で働いていた。24時間制のシフト

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          平常心を取り戻せる自然音プレイリストの魅力

          クリストファー・ノーラン監督による映画『インターステラー』に登場する飛行士の姿は、都会で暮らす人々に似ている。 宇宙を航行するシャトルの中で、飛行士が「息が詰まる」とごねる。その愚痴を聞く同僚は「俺たちは探検家だ」と言って、飛行士の耳にイヤホンを差す。 再生ボタンが押されると、雷鳴と雨音が響く中で虫が静かに鳴く声が流れ、飛行士の表情は幾分和らいだ。広大な宇宙で息を詰まらせる飛行士は、遠く離れた地球の自然を音で感じながら、人類が移住できる星を探す任務を続けていく。 愚痴っていた

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          さよならウディ・アレン

          アメリカ・ニューヨークにある世界有数のオペラハウス「メトロポリタン歌劇場(MET)」で約40年にわたって音楽監督としてメトロポリタン管弦楽団を率いた名指揮者、ジェームズ・レヴァインが2021年3月にこの世を去った。 彼の訃報を受けて、その功績を賞賛する記事が目立った。でも、どこか遠慮がちでバツの悪そうな筆致で書かれている記事ばかりだった。それも止むを得ないだろう。ジェームズ・レヴァインがMETを去った理由は、性的虐待の認定に伴う解雇だったのだから。 METは2017年12月、

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          小山田圭吾を宣材に起用したシグマに諸々確認してみた

          東京オリンピック・パラリンピックの開会式で楽曲を担当していたミュージシャンのCorneliusこと小山田圭吾が、過去の障がい者いじめ自慢で国内外から批判を受けて辞任した。 1990年代からいじめ自慢を知っていた筆者にとっては溜飲の下がる出来事だった。正直な思いを述べれば、ようやっと社会的な制裁が下って気分が清々している。 今まで彼のいじめ自慢を知っていながら黙認し、陰に陽に結託してきた音楽家をはじめとしたクリエイターたちは恥を知れ。そして、彼を起用してきた企業の厚顔無恥も批判

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          自民党政権下で女性差別がなくならない思想的理由

          女性蔑視発言を受けて森喜朗が東京五輪組織委員会の会長職を追われてから1か月が過ぎた。 森喜朗の発言は女性に対する差別意識から来ている——。こう指摘するメディアはいくらでもあるものの、森喜朗の女性差別思想を批判的に検証する論考は見当たらない。 言葉尻を揶揄したり、森喜朗の人格を問題視したり、日本社会の問題点を曖昧に指摘したりする報道しかない。相変わらず報道機関が無能を晒している。 森喜朗の支配思想 森喜朗の女性差別思想を探る手がかりは、偉大な思想家たちの警句にある。 マルク

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          J-WAVE、達郎、バラカン、ときどき春樹と教授

          去年、Spotifyのリスニング時間が年間44000分を超えた。時間に換算すると730時間超。日数に換算するとおよそ30日。一年のうち丸1か月間、寝ずに音楽を聴いていた計算になる。 「え?嘘でしょ?」 いえ、本当です。自分でも驚いたけど。 ラジオ生活 起きている限り、ほとんどの時間を音楽とともに過ごしている。 朝、目が覚めると、ラジオのスイッチをいれる。 「おはよーモーニング!」 J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」のナビゲーター、別所哲也が爽やかな声で東

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          オルタナティブ音楽ガイド 2020年ベスト50

          2020年も音楽をたくさん聴いた。 Spotifyは毎年12月中旬頃にその年の実績を教えてくれる。それによると、2020年は1296組の新たなアーティストに出会い、音楽鑑賞時間は40000分を超えたとのこと。2020年にリリースされた曲だけでも600曲近くを新たに追加していた。 では、2020年にリリースされた、選りすぐりの50曲を紹介しよう。 Crush with LeeHi〈Tip Toe〉 2020年はアジアの音楽をよく聴いた。まずは韓国。トップシンガーのCrushと

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          トム・クルーズのパワハラ騒動を擁護してみる

          ウイルス感染が拡大する中、映画界の頂点に君臨する俳優トム・クルーズが、『ミッション・インポッシブル』シリーズ最新作の撮影現場でソーシャルディスタンス(社会的距離)を怠ったスタッフを激しく叱責した、というニュースが世界を駆け巡った。 ニュースの発信元The Sunのサイトで証拠とされる音声を聴いてみた。個人的な第一印象は「ごもっとも」という感じ。ところが、トム・クルーズの言動をパワーハラスメントだと糾弾する声が少なくない。 日本の定義に照らしてパワハラ度合いを検証 トム・クル

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          "Conor Albert" マルチインストゥルメンタルアーティストの最新型

          ネット時代のスターダムを駆け上がったミュージシャンの一群に、マルチインストゥルメンタルアーティストたちがいる。 マルチインストゥルメンタルアーティストとは、複数の楽器をひとりで演奏して曲を作る音楽家を指す。 ギター、ベース、ドラム、キーボード、サックス、DTMを駆使して即興で音が奏でられるFkj & Masego〈Tadow〉のMVを見れば、マルチインストゥルメンタルアーティストの真髄を理解できるだろう。 彼らはおもに、ストリーミングサービスの舞台で脚光を浴び、世界中のリス

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          Tiny Desk Concertで見るべき11本

          ウイルスの感染拡大は、音楽を体験する機会を確実に観客たちから奪った。 毎週1〜2本のライブやコンサートを見ていたため、2020年の春夏はチケットの返金手続きに追われた。 かといって、音楽を聴く時間が減ったわけではなかった。むしろ、自宅で音楽を聴く時間はずっと増えた。以前にも増して、ネットで良質な音楽に出会う方法を模索し、おもに海外の音楽サイトを見ながら情報を探り続けた。 それでも、やっぱりライブが恋しくなった。真っ先にアクセスしたのが、Tiny Desk Concertのライ

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          東洋経済オンライン時代の仕事を33本の記事で振り返ってみる

          2018年2月、ウェブ上で最も有力なニュースメディア「東洋経済オンライン」の編集部に入った。採用試験を経ることなく、言わばヘッドハンティングで一本釣りされる形で編集部員になった。 在籍した2019年1月までの1年間で制作した記事は127本。編集した記事が125本、執筆した記事が2本。 それぞれに思い出があるが、すべて紹介すると長大になってしまうため、とりわけ記憶に残っている33本に絞って、編集作業の一端を覗かせながら当時を振り返る。 ラディカルな女性たち 編集者として著者を

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