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自民党政権下で女性差別がなくならない思想的理由

女性蔑視発言を受けて森喜朗が東京五輪組織委員会の会長職を追われてから1か月が過ぎた。
森喜朗の発言は女性に対する差別意識から来ている——。こう指摘するメディアはいくらでもあるものの、森喜朗の女性差別思想を批判的に検証する論考は見当たらない。
言葉尻を揶揄したり、森喜朗の人格を問題視したり、日本社会の問題点を曖昧に指摘したりする報道しかない。相変わらず報道機関が無能を晒している。

森喜朗の支配思想
森喜朗の女性差別思想を探る手がかりは、偉大な思想家たちの警句にある。

「支配的階級の思想はいずれの時代においても支配的思想である。ということは、社会の支配的物質的力であるところの階級は同時に社会の支配的精神的力であるということである」
カール・マルクス『ドイツ・イデオロギー』

経済学者や政治学者の思想は、それらが正しい場合も誤っている場合も、通常考えられている以上に強力である。実際、世界を支配しているのはまずこれ以外のものではない。誰の知的影響も受けていないと信じている実務家でさえ、誰かしら過去の経済学者の奴隷であるのが通例である。
ジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子および貨幣の一般理論』

マルクスによると、支配階級にいる人間の思想がその時代の支配的な思想であり、ケインズによると、誰しも何らかの思想的な影響を受けているという。
総理大臣の座に上り詰めた経験を有する森喜朗は、支配階級にいる人間と言えるだろう。そして、森喜朗も何らかの思想的な影響を受けていると言えるだろう。
ならば、支配階級にいる森喜朗が影響を受けた思想を明らかにできれば「その時代の支配的な思想」がわかり、日本社会に蔓延する女性差別の根源を探り当てられるだろう。
支配階級にいる森喜朗は、どのような思想的な影響を受けているのか。
森喜朗は2012年までの43年間、自民党所属の国会議員として活動した。おそらく今でも自民党員と思われる。すなわち、自民党の思想信条を詳らかにすれば、森喜朗に影響を与えた思想を明らかにできるだろう。

自民党と国家家族主義
上智大学の三浦まり教授は、『新自由主義的母性——「女性の活躍」政策の矛盾』(2015年)と題する論文で、男女平等(≒ジェンダー平等)の視点から自民党の思想信条を検証している。以下、おもに同論文に依拠しながら説明する。
自民党に代表される日本の保守活動家たちは、伝統や習慣を尊重する従来の保守思想に加えて、他の先進民主国家では見られない独自の価値観に基づいた国家主義を有しているという。
日本独自の国家主義は、「自助」を基本として、それでは立ち行かない場合にのみ、なかば恩恵として福祉政策を与えるという発想に基づく。この場合、福祉を社会権として捉えない。
ヨーロッパでも身近な家族や地域社会で支え合う「共助」を経て、最後に国家が役割を担う「公助」という発想があるとはいえ、国家が最終的に社会権を担保する存在となっている。
他方、日本独自の国家主義では、国家の存続が第一の目標としてあるため、国民が国家の負担になる事態は避けなければならない。要するに、国民のために国家が負担を負う事態は避けなければならない。
よって、日本独自の国家主義は、国家が家族を支援するのではなく、国家に頼らず自分たちで支え合うべきだと考える。三浦教授はこのようなイデオロギーを「国家家族主義」と呼んでいる。

国家家族主義と女性差別
2012年から2020年まで続いた安倍晋三内閣は、国家家族主義を標榜する自民党らしい政権だった。その際たる例が「女性手帳」だろう。
少子化の観点から晩婚化や晩産化を問題視していた安倍内閣は、晩婚や晩産に歯止めをかける目的で「女性手帳」を考案した。しかし、医学的に30代前半までに妊娠・出産するのが望ましいと周知する内容に対し、妊娠という個人の選択に関わる介入だと批判が起こり、最終的には導入が見送られた。
「女性手帳」の構想は自民党の思想を端的に表している。
前述した通り、日本独自の国家主義では、国家の存続を第一の目標とし、国民が国家の負担になる事態を避けようとする。言い換えれば、国家の存続に貢献する国民の存在は国家にとって有効な資源となる。国家の存続には多くの国民が必要であり、その数は多ければ多いほどいい。
こうした考えに基づく国家家族主義は、女性を国家のために子どもを産む存在と規定する。子どもを産んで初めて、女性は国家に貢献すると考える。
今から遡ること14年前の2007年、当時の自民党政権で厚生労働大臣に就いていた柳沢伯夫が「女性は子どもを産む機械」と述べた。2009年、当時の自民党政権で首相の座にあった麻生太郎が「子どもが2人いるので、最低限の義務は果たしたことになるのかもしれない」と発言した。
2015年、当時の菅義偉官房長官は、歌手の福山雅治と女優の吹石一恵の結婚発表を受けて、「この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思っています。たくさん産んで下さい」と語った。2017年には、自民党の山東昭子参議院議員が「子どもを4人以上産んだ女性を厚生労働省で表彰することを検討してはどうか」と話した。
自民党の国会議員たちは事あるごとに、国家家族主義に基づいて女性を差別する言葉を口にする。しかも、至って自然に。
ここまで読めば、もうわかるだろう。森喜朗の女性蔑視発言は国家家族主義から来ている。そして、そのイデオロギーを基本思想とする自民党による政権が続いている限り、日本社会から女性差別はなくならないだろう。女性差別をなくすには、国家家族主義を標榜する政治に対抗する必要がある。

(文中一部敬称略)

参考文献
カール・マルクス『ドイツ・イデオロギー』
ジョン・メイナード・ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』
三浦まり『新自由主義的母性——「女性の活躍」政策の矛盾』

(標題の画像はフリー素材サイト「すずきし」のイラストを転用してデザイン)