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非クリエイター向けクリエイティブ解説

オーストリア・ウィーンの美術史美術館に一枚の絵が飾られている。
ピーテル・ブリューゲル《バベルの塔》。
旧約聖書の創世記に登場する巨大な塔は、歴史上最も古いコミュニケーションのストーリーを思い起こさせる。
遠い昔、人類は砂漠で一致団結し、レンガとモルタルを使って、天高くそびえる塔を建築しようとした。作業は驚くほど順調に進んだ。
だが、作業者たちは突如として同じ言葉を話す能力を失ってしまう。これを境にすべては崩壊し、団結していた人々も世界中に散らばった。
この逸話は、相互のコミュニケーションがうまくいけば、不可能だと思える一大プロジェクトを実現できていた可能性を示唆している。

ピーテル・ブリューゲル「バベルの塔」(出所

この世界で起きる問題の大半はコミュニケーションに起因する。コミュニケーションの不備はさまざまな問題の火種になり、「期待はずれ」を招き、失望や不信感を生む。
近代イギリスの劇作家、ジョージ・バーナード・ショーがこんな言葉を残している。
「コミュニケーションにまつわる唯一最大の問題は、情報や意思の伝達ができてもないのに、できたと思い込むことである」
コミュニケーションがうまくいかないまま物事を進めれば、プロジェクトは直に崩壊を迎える。あらゆる創造物は人々がうまく協力し合ってこそ生まれる。
「バベルの塔」の逸話は、人々が協力しながら一つの創造物を完成させる難しさを教えてくれる。

クリエイティブスキルが必須
「バベルの塔」建造計画がそうであったように、プロジェクトとは、今までにない、新しい何かの創出を目的として実施される一連の作業を意味する。
成果物が「今までにない、新しい何か」になることを意味すると同時に、作業の過程で予想もしていなかったようなさまざまな難問、障害によって行く手を阻まれる。
プロジェクトに関わるメンバー(組織)は、その壁を乗り越えて臨機応変に対処しながら、道なき道を切り拓かなければならない。
すなわち、プロジェクトとは、決まりきった成果物を決まりきった手順で遂行する「ルーティンワーク」とは一線を画す、極めて創造的な作業(クリエイティブ)と定義できる。

参考文献:アート・オブ・プロジェクトマネジメント(出所

あらゆる仕事はプロジェクトに基づいている。ならば、プロジェクトに関わるメンバー全員に創造的な作業が求められる。
テクノロジーが台頭した現代は、ビジネスの現場でかつてないほど創造的な作業が必要とされている。テクノロジーを用いずに事業を拡張するなんて、もはや不可能だろう。
よって現代は、クリエイターだけではなく、ビジネスパーソンにもクリエイティブなスキルが求められるといえよう。

クリエイティブとは
そもそも、クリエイティブがビジネスに貢献できることとは何なのか。
端的に言うと、クリエイティブとは、情報を視覚化したコミュニケーションであり、情報やメッセージを伝わりやすくする手法を指す。

参考文献:デザインの伝え方(出所

その特徴は——(1) 他との差別化(2) 感情への訴えかけ(3) 機能性の向上——3つに大別でき、この3つの特徴は10個の要素に分解できる(下記参照)。
プロジェクトをリードする担当者は、下記の要素を理解したうえで、自分または自社が解決したいことが何なのかを検討し、プロジェクトに必要となるクリエイティブを決定するといい。

コミュニケーション問題の5大要因
何かしらプロジェクトを推進していくと、大抵の場合、部署間や上司・部下間、さまざまな関係者間で意見をまとめるのに苦心するだろう。
プロジェクトの進行においてクリエイティブがうまくいかない原因は、ほとんどの場合、関係者間のコミュニケーション障害にある。
その要因は——(1)不明瞭な目的(2)コミュニケーションギャップ(3)依頼の拙さ(4)フィードバックのまずさ(5)役割分担や必要なスキルの曖昧さ——5つに大別できる。以下、順を追って見ていく。

プロジェクトをリードするコツ
コミュニケーションの問題にぶち当たる場合によく見られる傾向としては——(1)プロジェクトの経緯説明を省く(2)クリエイターを過信する(3)ビジネスニーズを偏重する(4)発注内容に客観性が足りない——4つが考えられる。
この4つの傾向は、ほとんどの場合において謙虚さと真摯な姿勢の欠如から来ている。
制作とは得てして、ビジネス側の発言力が強くなる。クリエイティブに対するリテラシーが低いビジネスパーソンは、クリエイティブへの参加権を持たない。これに対し、ビジネスへの理解が浅いクリエイターもまた、ビジネスへの参加権を持たない。
ただし、ビジネスの存在がクリエイティブの仕事を生む側面があるため、ビジネス側が一方的に優位な立場になる傾向が強い。その結果、専門的な知識や技術を有しないビジネスパーソンがクリエイティブの決定権と実権を掌握してしまう。
クリエイティブに関わる専門家たちが参加してくれているのにビジネス側がすべてを決めてしまっては、うまくいくわけがない。参加者の存在価値を認めてこそ、プロジェクトは機能する。
プロジェクトをリードする者は、他者のアイデアや相手の専門知識を無視したり、自分の信念や紋切り型の価値観を押し付けたりして、結果をコントロールしようとせず、他者からの提案やアイデアを真剣に受け止め、プロジェクトの参加者からフィードバックをもらえば、きっとうまくリードできる。

実際にプロジェクトを立ち上げ、制作を依頼したり成果物を確認したりする場合、どういう判断基準を持てばいいのか。
創造的なスキルを持たない大抵のビジネスパーソンは、制作物の進行管理で五里霧中で手探りの状態に陥りがち。プロジェクトが機能不全に陥らないように、あらかじめ3つの視点を導入しておこう。
上記の3つに明快に答えを出せないとしたら、クリエイティブで解決すること自体、選択肢として誤っている可能性がある。もしくは、依頼する前の情報整理や情勢分析が不足しているかもしれない。
いずれにせよ、まずはこの3つの軸で考えてクオリティをチェックしたい。

問題は必ず解決できる
「バベルの塔」の逸話にならえば、一定の価値観を共有して社会を構築できている現代は、不可能と思えるプロジェクトを実現できる潜在能力を備えている状態にあると言えるだろう。
ところが、コミュニケーションの問題は現代でも枚挙にいとまがない。
世界をマクロで見れば、国家同士の諍いは絶えず、地域紛争が火種となってテロが横行する地域が多く存在している。
国家間のコミュニケーション、つまり国際関係の局面において、「バベルの塔」が示唆した潜在能力は発揮されないまま今日に至っている。
世界をミクロで見れば、ネットを媒介にして個人が孤立化する様相を呈している。人々は団結どころか、分断を繰り返しているように見える。
個人間のコミュニケーション、つまり人間関係の場面においても、旧約聖書に綴られた理想の世界はいまだ果たされていない。
他方で人類は時に団結して、さまざまな困難をプロジェクトの成功で乗り越えてきた。病気を克服し、貧困を減らし、技術革新を起こし、超高層建築を可能とし、月面着陸を成し遂げた。
プロジェクトの大小にかかわらず、創造的な営みが社会を発展させ、この世界をつくってきた。
クリエイティブであることは、気取った態度で高所から芸術的な価値を説くことでは決してなく、古代から現代に至るまで、問題を解決するスタイルであり続けている。
だから、クリエイティブの価値を重んじ、情熱とエネルギーを注いでプロジェクトをドライブさせよう。さすれば必ず解決の糸口を見出して問題を乗り越え、プロジェクトを成功へと導ける。

(標題の画像は筆者が制作しています)