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物語『私がミーで、ミーが私で・・・』

 人間と猫の中身が入れ替わって、心をかよわせる物語。
 中学三年生の女の子・森カスミは、「苦しみから解放されたい」と考え、飼い猫のミーと体を入れ替えてもらう。
 しかし、猫になったカスミには苦しい生活が待っていた。悲しみに打ちひしがれるカスミとミーは対話を重ねていく。その結果、カスミはどんな決断をするのか?
 「本当の私とは何か?」「私は一体、どのように生きていけばいいのか?」「苦しみを乗り越えることはできるのか?」を問う物語。

 私は海岸通りにあるベンチに座っていた。涙が勝手に出て来て、止まらなかった。
 私は森カスミ、中学三年生。私は考えていた、「電車に飛び込んで死のうか」って。なぜって、高校入試に失敗したから。それに私はチビでデブでブスで運動オンチ。頭も悪くて、いじめられっ子。生きていても仕方ないから。
 その時、後ろから声が聞こえてきた。
「カスミちゃん!」
 女の人の甲高い声だった。私は首を回して、後ろを見た。そこにいたのは、三毛猫。よく見ると、私が飼っているメス猫のミーだった。
「ミー? まさか、あんたが私に話しかけたんじゃないでしょうね」
 ミーは口を開いた。
「カスミちゃん。びっくりしないでね。あたい、本当は人間の言葉がしゃべれるのよ」
 心臓がビクンと震えた。私は叫んだ。
「ミー、あんた、本当にしゃべれるの? なぜ、急に話しかけてきたの?」
「なぜって、今は飼い主様のピンチだっていうことがわかったからよ」
「そうよ。私、死にたい。人間なんて、嫌だ。苦しい。あんたは、いいわね、悩みがなくて」
「なんですって!それじゃあ、カスミちゃん。あたいと入れ替わってみる?」。
「ミー。そんなこと、できるはずないよ」
「それがね、実はできるのよ。目を閉じて」
 私は目を閉じた。次の瞬間、何かが私の体にぶつかって来た。私は後ろに倒れた。意識が遠のいていった。
 しばらくして、声が聞こえてきた。
「カスミちゃん。大丈夫? 目をあけてよ!」
私は目を開いた。目の前に立っている女の子は「チビでデブでブスの森カスミ」だった。
森カスミの姿をした女の子が言った。
「カスミちゃん。意識が戻ったのね!」
 私は自分の手足を見た。なんと、私の体は黒と白と茶色の毛でおおわれていた。
 人間の姿になったミーが言った。
「カスミちゃん。しばらくの間、猫として生きてみて。そうしたら、きっとわかるわよ」
 私は思った、「一体、何がわかるっていうのよ」って。
 その日から私は猫として生き始めた。しばらくすると、私はわかった、「猫の生活は本当に楽ちんだ」って。食べる物も飲む物も眠る所も人間が準備してくれるし、着る物も必要ない。そして、食事時間以外はスヤスヤと眠って過ごせる。勉強もしなくていい。イヤなクラスメイトとも付き合わなくていい。私は思った、「人間なんかより猫の方が断然いいや」って。
 しかし、平和な生活は長続きしなかった。私が猫になって一ヶ月がすぎた頃、学生服姿のミーが私を抱いて言った。
「カスミちゃん。どう? 猫の生活は?」
「ミー。正直に言うと、私、耐えられなくなってきた。猫ってやるべきことがないでしょ。来る日も来る日ものんべんだらりと過ごしていたら、暇をもてあまして、気が狂いそうになるわ。猫になっても苦しいんだ」
「でも、大丈夫だよ。もうじき、あんたは『本当の猫』になっていくから」
「どういうこと?」
「あんたはだんだん考えなくなるの。本当の猫はね、人間みたいに脳が発達していないのよ。猫は考えすぎないから、悩みや苦しみがないの」
「猫になった私は何も考えずに、本能のままに生きて、そして死んでいくっていうわけ? そんなの、いやだ。人間にもどりたい気がする。でも、人間に戻っても苦しいよね。私、どうしたらいいの?」
「カスミちゃん。いいこと、教えてあげる。人間は考えすぎるから苦しむ。でも、訓練次第で考えすぎをやめることができるんだよ」
「そうなの?」
「それから、知っていてほしいことは、『あなたが本当は何者か』っていうこと」
「本当の私?」
「そう。あんたはたまたま人間の体をもって生まれてきたけど、本当のあんたは『体の中に流れ込んでいる目に見えない命のエネルギー』なんだよ。それがすべての生物に流れ込んでいるんだよ。そして、各自にそれぞれが果たすべき使命が与えられているんだよ。あんたは自分の体の中に流れている命を精一杯燃やして、自分に与えられた使命を全力で果たせばいいんだよ。結果なんて考えなくていいし、他人と自分を比較しなくていい」
 私は思った、「そうだ。私、生まれた以上、命を完全燃焼させたい」と。私は叫んだ。
「ミー! 私、人間に戻りたい!」
「カスミちゃん? あんた、できるの?」
「自分の使命を果たすために全力を尽くすわ」
「それじゃあ、目を閉じて」
 私は目を閉じた。次の瞬間、体に衝撃を感じた。目を開けると、私は人間に戻っていた。                                               ミーは私の顔をじっと見つめた。そして、「ミャー」と鳴いてから、部屋から出ていった。


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猫のいるしあわせ

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