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【非情に面白かった -- 書評『星の子』】

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タイトル: #星の子
  著者: #今村夏子
  書籍: #文庫
ジャンル: #サスペンス
 初版年: #2019年
 出版国: #日本
 出版社: #朝日新聞出版
 全巻数: #1巻
続刊予定: #完結
 全頁数: #256ページ
  評価:★★★★★
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【あらすじ】

 生後間もなくから病弱な主人公・林ちひろは、父親の職場の同僚から紹介された特別な水「金星のめぐみ」のおかげで見事に完治する。小さな体で苦しむ姿のちひろに日夜涙を流していた両親は、その特別な水を提供する“あやしい宗教”にのめり込む。健康になったちひろも中学3年生。それまで当たり前だと思っていた生活が、新任のイケメン先生・南先生に一目惚れしたことをきっかけに周囲との差異を自覚する…。

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【感想的な雑文】

『こちらあみ子』で鮮烈なデビューを残し、『あひる』で強烈な世界観をたたき出し、『むらさきのスカートの女』で偉烈な芥川賞受賞を果たした今村夏子の初長編作品。絵本の語り手のような漢字の少ない優しい口調の文体が今村氏の仕掛けた罠で、とにかく悪い後味しか残らない展開に読者を不安な気持ちへ落とす奇才作家の初長編が映画化されると聞き、映画を観る前に読んでみた。

 なるほど、ふむ、2ページ目からもう不穏な展開になり、不安な気持ちになる…。なのに読む目と手が止まらないのは、今村氏の文体が大変映像的で、物語の流れを視覚で訴えてくるから、それこそ映画を観ているかのようにほぼノンストップで読み終えてしまった。つまり、これは映画化と相性がいい。

『あひる』で初めて今村氏の作品を読んだときに感じた言葉し難い恐怖が、本作品でも線路のように続いていて、そしてこの人の書く文体がともかく好みなので、デビュー作『こちらあみ子』と芥川賞受賞作『むらさきのスカートの女』もいつか読んでみようと思う。

 さて、新興宗教にのめり込む林ちひろの両親だが、そのきっかけは親としては当たり前の子を思う気持ちだった。ちひろは生後まもなくから数々の奇病に見舞われてしまう。基準値をうんと下回る体重・母乳の嘔吐・頻繁な高熱・白いうんち・緑の絵の具のような鼻水・中耳炎の激痛・胃腸炎そして嘔吐・全身に謎の湿疹、専門医から薦められた薬やあらゆる民間療法を試しても一向に治まらず、両親は失意のどん底に落ちてしまう。そこに、損害保険会社に勤める父の同僚が思わぬ助言で近づく。

父は、生まれてまもない我が子について抱える悩みを、会社でぽろっと口にした。たまたま父の話をきいた同僚のその人は、それは水が悪いのです、といった。は? 水ですか? 水です。

 翌日、その同僚からプラスチック容器に満タンに入れられた特別な水を渡される。苦しむ娘を助けたい両親は藁にもすがる思いで、同僚のアドバイス通り、その水を浸したタオルでちひろの体を優しくなでるように拭いてあげた。そうすると奇跡は起こり、どんな薬も効かなかったちひろの奇病は消え、さらに水を飲み続けた両親も風邪をひかなくなった。この水は「金星のめぐみ」という名前で「ひかりの星」という宗教団体会員向けに通信販売されている。ここから林家の崩壊が始まる…。

 典型的な新興宗教にハマってしまう両親の悲しい話なのだが、直接的な被害が出る描写は描かれていない。むしろ、林家と周囲の意見のすれ違いで揉めるだけで、教祖の暴言や多額の寄付金請求や集団リンチなどのトラブルはない(間接的な表現で本当はあるのだが信仰心で見えていない)。ゆえに両親は穏やかな幸福に満ちているのだ。

 幼少から宗教生活で過ごしたちひろにとっては、ずっと当たり前だと思った儀式(特別な水に浸したタオルを頭に乗せる)も、下校時間過ぎて車で送ってもらった南先生に儀式中の両親を見られたことで強い羞恥を感じ、水を紹介してくれた同僚の落合さん夫婦が笑顔で幸福に満ちているのに家の2階で引きこもる喋れない息子(夫婦はそう思っている)に違和感を感じ、何度も家に通う叔父さんの必死な説得に心を痛めたり、5歳上の姉・まーちゃんが高1のある日突然失踪したりする。ゆえにちひろは穏やかでない不幸に満ちているのだ。そして、両親はちひろを心から愛しているが、脳から信仰心に染まって、そういう気持ちを汲み取ることができない。最愛の親と意思の疎通ができない、これが一番の不幸だったりする。

 新興宗教による被害を受ける作品はよくあるが、ほとんどが部外者視点の報告(もしくは内部者からの密告)で、純粋に信仰中の人たち(被害を受ける前)の日常を描いた作品はあまりない。これこそ真のリアリティーである。怪しい宗教にハマる人たちの心境と生活を知りたいのならば、この小説か映画『ミッドサマー』を見ればいい。『20世紀少年』の序盤ぐらい不快に達して、きっと宗教に対して警戒心が生まれるだろう。ただでさえ小説で不安で悲しい気持ちになるのに、映画(生々しい映像)を観れる自信はない。せいぜい予告編が限界…。

(予告編を)チラッ。

 ああっイメージ通り!

 特に芦田愛菜演じるちひろの不遇にもがきながらも生き抜こうとする凛々しい表情と、岡田将生演じる南先生のエドワード・ファーロング(ちひろの初恋の人)みたいな美しい人形の顔立ちが、まさに原作読んだイメージのまま!

 あと個人的に黒木華演じる昌子さん(催眠術が使える先輩会員)の静かに微笑んでいるけれど、深海の光のような冷酷な瞳が相手の体の全神経を支配させて、本能的に拒否感を駆り立てる。やっぱり俳優さんってすごい…!

 そこらへんのホラー作品を見るより怖いけれど、やはり観ることに決めた。もし小説を読むのが苦手な人は、映画公式サイトにあるキャスト一覧を見ながら読むと劇中のイメージが思い浮かびやすいかもしれない。現時点まだ観てないけど、これは傑作だと、物語の終盤でちひろ一家が見つめる満点の星空に似た夜空を見ながら思う。ただし幸福のように都会の空は星が見えない。

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【本日の参考文献】

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【あとがき】

 本書と架神恭介・辰巳一世『完全教祖マニュアル』を交えた解説文も書きましたので、どうぞよろしくお願い致します…!


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