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サクラサク。ep16

夜と朝が挨拶を交わす。特別だと思っていた金色の世界。
だけど、お日さまはどんどんと登り、景色はあっという間に見慣れた色へと移ろいゆく。

「帰ろうか」

サクラが、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
人間と猫による愛の逃避行は、あっという間だった。金色の世界に包まれているときから、きっとサクラはそう言い出すだろうと、名残惜しい気持ちもあるが、何処かではわかっていた。

仕事へと向かう人の波に逆らって、サクラとサクは歩いてゆく。家路を目指して。

途中で、サクラがどこかに電話をかける。
「はい。どうしても体調が優れなくて…本日はお休みさせていただきます」

あ、ズル休みだ。

意外だった。サクラは真面目で、嘘をつくようなタイプに見えなかったから。
だけど実際、サクラは本当に疲れているように見えた。顔はまだ青白いままで、いつ倒れてもおかしくないみたいだ。

𓇼✩𓇼✩𓇼

「ただいま」

夜明けみたいな強い光ではなく、柔らかい朝の光が窓から溢れる。

永遠のようで、短い不思議な旅はいよいよフィナーレを迎えた。

「クロ、お腹空いた?」

いつもの毎日なら、朝ごはんを食べ終えて、サクラが仕事へと向かっている時間だ。

何だか初めての出来事だらけで胸がいっぱいになっている。とても、食べられそうにない。

そんな吾輩の様子を悟ったのか、サクラは最後の力を振りしぼるように、小さく笑った。

「おいで」

サクラのベッドの上で、一緒に寝転がるのは初めてだった。怖がりなサクラのことだから、猫である吾輩と寝るのは嫌だろうと思って、ベッドには近付かないようにしていた。

サクラは力ない声で、色々なことを取り留めもなく話してくれた。

病院が本当は怖いこと。

だけど、病院に行かないと、それはそれで不安なこと。

眠って、そのまま目が覚めなくなったらどうしよう、と心配なこと。

家族に心配してほしくないのに、その想いが伝わらなくて苦しいこと。

だけど、無理して笑わないと自分を保てないこと。

そして、神様のこと。

「神様はさ…いじわるよね」

ずっと昔、ご主人様から聞いた神様は、偉大な存在だった。だけどサクラが思う神様は、少し違うみたいだ。

ご主人様より、ずっと線の細いサクラの身体。
一体、この細さの中によくこれだけの悲しみを抱えるスペースがあるのかと驚いた。

吾輩は、サクラの胸に引っ付く。
今朝乗った電車よりは少し小さな音で、だけど似たようなリズムで鼓動を刻む。

とくん、とくん。

サクラ。前にご主人様が教えてくれたよ。

人間と猫では、生きるスピードが違うこと。

神様は猫の方を先に飼いたいと思っていること。良い子が好きなこと。

だから、うんと悪あがきをすれば良いこと。

--もしも、サクラが神様から呼ばれているのなら、良い子なんて辞めてしまえ。

だけど、それがどうしても出来ないなら、

いいよ。

吾輩は猫である。

人間よりずっと儚く一生を終える。

だからすぐにサクラの元へ逝くから。
哀しむ必要なんて、何処にもないんだ。

朝の光が降り注ぐ中、サクラの隣で、
吾輩は穏やかな心地でいつの間にか眠っていた。

幸せだな、と思った。




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