【4話の1】連載中『Magic of Ghost』
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※この記事は【3話の2】の続きです。
第4話 ~到着~
「ねぇねぇ優鬼」
車が発進したと同時に、隣に座っているクレアが微かな声で俺を呼んだ。
三人で後部座席に座っていたため、そこまで小さな声で話しかけなくても、運転手のサイモンには聞こえないだろう。それほど長い車だった。そして運転席や助手席と、部屋のようになっているこちら側の後部座席の間には壁があり、こちら側からもサイモン側からもほとんど見えない状態になっている。唯一見えるとしたら、その壁の中央付近に、A4ノートほどの小窓がある程度で、それさえも防弾ガラスかと思わせるような豪華さだ。
席といっても当然普通ではない。どこかのビップルームに招待されたかのような真っ白のソファーが出入り口以外の場所を占領している。
小さな冷蔵庫が置いてあるため、そこだけはソファーも場所を譲っていた。
飲み物を溢したら弁償しきれないであろう真っ赤な絨毯に、天井にはゴールドのシャンデリアが煌めいている。俺にとっては完全に場違いだった。
クレアもこの豪華さに恐れてここまで小さな声になったのだろう。そう思うと、俺は孤立感から抜け出すことができた。
「結構キレイだねぇ」
「……いやまぁ結構というか、相当豪華だと思うけど」
気付けば俺もクレアの小さな声に同調したのか、同じくらいの声量で話をしていた。
「でもソファーがちょっと硬いかもねぇ」
窓の外を見ながら呟いたクレアの一言で、再び孤立感に襲われることになる。
俺はこれほどまでの立派な革張りのソファーに座ったことは一度だってない。それに文句をつけるやつは許せない。体を張って制裁を加えようとした。
「……お前のケツが硬ぇんじゃねぇの?」
俺の口は思ったことを素直に言うのが癖のようだ。いいことだと自分では思っているが、クレアに関してはよかった試しがない。久々に脳内が強い衝撃に襲われた。
せっかく小さな声で話していたのに、俺の頭を殴る音で意味がなくなったなと、強気な気持ちが表立っていた。しかし実際は、両手で強打した部分を抑えたくなるほどの衝撃だ。
「変なこと言ったらぶつからねっ!」
桜色の目がムキになって言った言葉は理解しがたいものだった。言葉より手が先に出るにしても、拳を飛ばすのが早過ぎる。そして2回目だが、『ぶつ』ではなく『殴る』の間違いだ。そんなことを心の中で呟きながら、向かいに座っている校長にずっと気になっていた質問をすることにした。
「……あのサイモンって人は元ソルジャーだったんですよね? 階級は持ってたんですか?」
当然俺は空気を読める人間だと思っている。本人の耳には入らない程度にボリュームを絞っていた。
「……あの方はトレイニーですよ」
校長の一言で俺と同レベルのやつだと気付き、同時に馬鹿にされたことに対していら立ちを覚えた。
「それは違いますよ桐谷君」
そう言うと校長が再び心の中に土足で入ってきた。常に読まれているわけではないにしても、当然いい気分はしない。
大助がよく俺に『変態』と言っていた気持ちが今になってわかった気がする。『あの時は殴ってすまなかったな大助』と、心の中で少しだけ謝罪の意を込めた。
「彼は実力的に言えばクラスCのトランクウィル級です。審査前に問題を起こしてトレイニーのままソルジャーを破門されたのです。あの時何も起きなければ、こんな運転手なんてしないでも済んだものを……」
サイモンという人間がそんな問題児だったということは意外だった。
一見肌が白くて金髪で身体つきもよく、世の中では男前の部類に入るやつだ。話を聞く限りだと暴力事件のような印象を受けた。
「暴力事件ですか?」
俺は思わず軽口を叩いてしまった。
「……あなたは知る必要などありません」
この時、『いつも優しい』がキャッチフレーズのような人が、笑顔以外は一瞬だが冷徹に徹していた。
軽口を叩いてしまった自分に腹が立ち、改めて校長先生に謝罪をした。
「わかっていただければいいのです。ディヴァインにいればいつかきっとわかる時が来ますよ」
その言葉の意味深さがますます俺を混乱させた。
「ところで二人ともお腹は空いていませんか?」
正直なところ、意識が飛びそうになるほど空腹だった。緊迫した出来事が腹のうるさい虫を黙らせていたが、今の一言で一気に目が覚めたようだ。
クレアの打撃ほどではないが、俺の腹から後部座席全体に響くような喚き声が鳴り響いた。
当然先ほど家を出てくる時も何も食べていないし、最後に食べ物を口にしたのは学校で食べた焼きそばパンだったからだ。
「……ははは」
たった今鳴り響いた俺の体内の音が二人に答えを教えていた。
二人がクスクスと笑っている中、俺も顔を赤らめながらその笑いに参加した。その時だった。
「ツキマシタヨー」
独特なアクセントの日本語が聞こえてきた。
ふと見ると窓ガラスがなく、そこからサイモンが顔を出していた。恐らく電動式で壁のどこかに隠れたのだろう。
「二人とも着いたみたいですよ。夕食は機内でとりましょう」
サイモンが外から後部座席のドアを開け、俺たちは車から降りることになった。
車で一時間近く走っていたせいか、春の夜風が先ほどよりも少し冷たくなっている。
滑走路というだけあってさすがに広い。数十メートル置きにライトが点灯している。離着陸ができるようになっているため、夜だが果てしなく長いという印象は残せた。そして遮る物がないせいか、夜風がまるで遊んでいるかのように俺たちの周りを行き来している。
「あそこに倉庫が見えますね? そこにジェット機があります。中へ入りましょう」
俺とクレアは校長の後をついて行き、倉庫まで歩いた。
サイモンも同じ方向に歩いていたが、そんなことよりも早く腹ごしらえをしたかったため、気にも留めていなかった。
倉庫に着き、扉を開け中に入った。暗闇で見えなかったが、明かりをつけたと同時に、小ぶりなりにもしっかりとしたジェット機が堂々と姿を現した。
そのボディには『DJ.01』という文字が書かれている。
普通の飛行機とは少し形状が違っていて、形で言えば戦闘機とジェット機の間のような形状をしている。いよいよ初の飛行機体験だ。
「すみません、トイレに行ってきてもいいですか?」
車の中では何だかんだで心の準備ができなかったため、トイレに入り、自分に喝を入れようとしていたその時だった。
「お手洗いなら中にもあります」
この瞬間八方塞だということを痛感した。もう乗るしかない。
心の準備もできないまま、近くで見ると随分と迫力があるジェット機の前に立った。
すると機体の乗り口が開き中から階段が現れた。この鉄が空を飛ぶというのは不思議で仕方がない。しかし、乗らない理由も既に使い果たしてしまっている。俺は、どうにでもなれという気持ちで搭乗した。
中に入った瞬間自分の目を疑った。機内は、リムジンをはるかに凌駕するほどの豪華さだ。
あまりの驚きに立ち止まっていたせいか、後ろがつかえていたようだ。
「ちょっと優鬼! 何で突っ立ってんのよ。早く進んでよ!」
その言葉を聞き、わかっていると言わんばかりに堂々と奥へ入る姿を演じた。
見渡す限り見たこともないような設備に何度もピントを合わせ、またも真っ白のソファーに腰をかけた。豪華な場所のソファーは白と決まっているのだろうか。
隙間がないほど敷き詰められたベージュの絨毯の端っこにバッグを置いた。
白や茶の素晴らしい模様が描かれているため、安物のバッグを置くことすらためらう。
「桐谷君。お手洗いは向こうにありますよ。あとは自分で確認してください」
「……あぁ、ありがとうございます」
ジェット機が動き出す前に行っておこうと思い、校長が指差した方向へ歩いていった。
ビップルームのソファーをいくつか通り過ぎ、大理石や光沢のある木の壁で仕上がったバーカウンターを横目に歩く。50インチ以上はありそうな薄型テレビの前に立った時、振り返り質問を投げかけた。
「あのすみません! 向こうってどっちですか?」
それなりに校長との距離はあったので、少しボリュームを上げた。
「そこにみっつの扉がありますよね? その左側の扉です!」
「ありがとうございます!」
白ベースで、何やら聖母マリアのような女性が金色で縁取られている扉、それに手をかけ金色のドアノブを引き中へ入った。
中は床から壁すべてが大理石で仕上がっている。正直なところまったく落ち着かない。すぐさま用を済ませ、洗面台で手を洗って鏡を見た。
空腹のせいか、色々なことがあり過ぎたせいか、顔が少しやつれているのが自分でもわかる。大きな溜め息をついて、もう一人の自分に別れを告げトイレを後にした。
トイレから出て、目に入った残りふたつの扉をひとつずつ開けてみることにした。まずソファーやバーカウンター側から見て、左がトイレということはわかった。
右側の扉にも聖母マリアが縁取られている。その場所を開けると、中はバスルームだった。風呂つきととはさすがに驚きを隠せない。そしてここもすべて大理石仕様となっている。
先ほどのトイレもそうだが、超高級ホテルのスウィートルームをイメージさせるような造りだ。ここがバスルームということがわかったところで、最後の部屋も把握するべくその場を出た。
トイレとバスルームは通路を挟んでほぼ向かい側にあったが、真ん中の扉だけはそこから1メートルほど奥へ通路が伸びている。
ここの扉は聖母マリアの縁どりはされていない。光沢のある真っ白の扉だ。唯一色がついているとしたら、ドアノブの金色だけだった。
扉を開け中に入ると、キングサイズはあろうかというベッドがひとつあり、真っ白のかけカバーがされている。
またも薄型テレビがベッドの向かい側の壁に埋め込まれていた。
大理石のトイレもあり、風呂もある。しまいにはキングサイズのベッドもある。言葉が出ない贅沢がこのジェット機には存在していた。
一通り見渡して、貧相なバッグが置いてある場所へと向かった。
「桐谷君、クレアさん。そろそろ離陸します。どこのソファーでもいいので、座ってシートベルトを装着してください。このジェット機はほとんど揺れを感じませんが、機体が安定するまでは装着したままでお願いします」
「はい!」
当然だが、校長が離陸すると言った時に走って席に着き、ベルトを装着した。いくら豪華だとしても、それとこれとは別問題だからだ。
「ミナサン準備ハイイデスカ? リリクシマスヨー!」
「……は?」
【4話の2】へつづく……
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