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遠路はるばる、ごちそうさま

昔、東京で主夫をしていた頃、漬物に凝ったことがある。
ナス、キュウリの塩漬け、ぬか漬けといった定番もの、ゆで卵の醤油漬け、サワラの西京漬け、豚の味噌漬け、など。

漬けサイクルというものがあるのか、何かを漬け出すと途切れさせたくない気分になるから不思議だ。
たいてい漬け込むのに数日を要するから、今漬けているものを食べきる日を予測し、そこに照準を合わせて次を漬けるといったことを繰り返すうち、漬けサイクルにハマっていくのかもしれない。

そしてやっぱり日本人、漬物の発酵味がたまらないのだ。
それさえあればごはんは何杯でも食べられる。
外国人が日本の空港に下りたってまず感じるのが発酵臭なのだという。
それだけ日本は発酵天国なのだ。
僕の鼻はもう、漬物屋の前を通ったときくらいしか関知できないが。

愛媛に移住してからは漬ける時間もなかったが、一度だけキムチを漬けてみたら、同じアパートの韓国人がうまいと言ってくれた。
もちろんキムチの素ではなく、調製したヤンニョムを白菜に塗りこみ、樽に1枚1枚重ねて数週間漬け込んだものだ。

そもそも漬物の素なるものは、素材はなんら発酵させていないのに、いかにも発酵したような味だけを添加するイカサマだ。
それをいえば寿司だって同じだが、それについてはまた稿を改めよう。

***

2日前、安いアメリカの豚ロースを買った時点で、味噌漬けと決めていた。
トンテキやトンカツの気分でもなかったし、色も薄く、塩焼きにしても生姜焼きにしてもパサパサの未来しか想像できなかったからだ。
帰宅早々スジを切り、みりんや生姜などを混ぜた漬け味噌を塗りこんだ。

冷蔵庫で一昼夜おくと、味噌の下に飴色に熟成しかけた肉が顔を現す。
まぁ!しばらく見ないうちにえらいきれいな娘さんになって、と声をかける遠い親戚のように、艶を増したアメリカ豚を歓迎した。

フライパンで片面を強火で、裏面は蓋をして弱火でじっくり焼く。
漏れ出る湯気に、味噌の焦げる香りが含まれてくる。
頃合いを見て火を止め、食べやすいように切ってできあがり。

これがうまかったんだなぁ。
買ったその日に食べられないスローな調理に、また漬けサイクルに入るのもいいかもと思えた。

肉から落とした漬け味噌でジャガイモとタマネギの味噌汁を作ったら、生姜や肉から移ったうまみのおかげで、まるで粕汁のような深い味わいに。
塩もみ白菜とサバの水煮缶を合わせ、ポン酢で和えた小鉢もさっぱりと。

広いアメリカで育った豚も、まさか遠い島国で発酵臭の洗礼を受けるとは思わなかっただろう。
遠路はるばる、ごちそうさま。

(2022/10/26記)

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