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キング・カズのKINGたる優しさ~#サッカーの忘れられないシーン

#サッカーの忘れられないシーン  というお題の本筋からは少し逸れるかもしれないが、私は今も大切にもっている宝物がある。キング・カズこと、三浦知良選手から頂いたJリーグ開幕年の直筆サイン。それにまつわるお話。

日本でサッカーのプロリーグが華々しく始まった、Jリーグ発足元年(1993年)サッカーブームが巻き起こった。

私は地味な中学生であったが、クラスのイケてる友達からミサンガの編み方を習い、サッカー雑誌を買い込み精一杯の背伸びをして流行についていこうとしていた。まだ、「オフサイド」「ハットトリック」といった言葉も覚えたてであった。

同年、熱狂の中むかえたW杯最終予選での「ドーハの悲劇」。日本はプロリーグ開幕初年度にはW杯初出場の夢は果たせなかった。日本代表チームはブラジルでサッカー修行をしていた三浦知良選手と、帰化して日本代表となったラモス瑠偉選手ら、当時の読売ヴェルディの選手が中心選手となっていた。この当時はまだ、今のようにヨーロッパのチームに日本から選手をたくさん輩出するなんてことは夢のような時代だった。

プロサッカー選手こうあるべきと、時代を牽引したカズの功績は大きい。

私はカズのブラジル仕込みのドリブルをテレビの前で夢中で見ていた。代表チームの試合を熱心に見るうちに、そのまま読売ヴェルディの応援をするようになった。

この当時、そう簡単にはチケットを入手できないほどサッカー人気は加熱していた。

「一目カズに会ってみたい」と中学生だった私は考えた。もう今は取り壊されて無くなってしまった地元の老舗ホテル、数々の有名スポーツ選手たちが宿泊することを、通学路途中に横目で見ながら知っていた私。ある日、外に立っていたベルボーイのお兄さんに勇気を振り絞って尋ねてみた。

「ヴェルディはいつ来ますか?」

これを教えることは職務上ご法度なのかもしれないけれど、もう時効だろう。中学生の女の子が意を決して1人で突撃してきたものだから、ベルボーイのお兄さんもビックリしたかもしれない。優しくその時間を教えてくれた。ベルボーイのお兄さん「ありがとう」。

お兄さんの言った時刻どおりにヴェルディ選手団は到着した。目の前を超有名選手たちが次々と通り過ぎる。私は緊張のあまり気が動転して鞄の中に潜ませていたサイン用色紙とマジックペンの用意にあたふたしてしまった。

その様子に気付いて立ちどまってくれたのが、カズだった。アウェイ試合前日でもあるので、そんな子供は無視して立ち去っても当然のところであるが、カズは私がサイン用色紙を差し出すのを立ちどまって待っていてくれた。

カズの高級フレグランスの香りをなんとなくまだ覚えている。ヘアースタイルは斬新なパーマスタイルだった。高級スーツに身を包み、いかにもスーパースターというオーラがあった。

ファン1人を大切にしてくれた優しさは、私の中で永遠のMVPなのだ。

今もなお、カズがピッチに立ち続け、最年長ゴール記録を更新し続けていることを嬉しく思う。

カズに届け、四半世紀越しの「ありがとう」。



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