空木 峻平

1997年生まれの小説家志望者。要するにWannabe! 応募歴は小説推理新人賞(…

空木 峻平

1997年生まれの小説家志望者。要するにWannabe! 応募歴は小説推理新人賞(一次選考落選)新潮ミステリー大賞(結果待機中)などです。 もったいないので、落選した小説や執筆時の雑感を書いていきたいと思います。

マガジン

  • 最高の図書館

    第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞、一次選考落選作。 四〇〇字詰め原稿用紙換算枚数437枚。 忘れていなければ、一日ごとに投稿します。

  • 所感、雑感、自己紹介

    その名の通り、所感、雑感、自己紹介。あとは新人賞の経過報告や執筆活動で感じたことを書いていこうかな。

  • 『感傷よりも青い月』

    第42回小説推理新人賞、一次選考落選作。原稿用紙換算八十枚。便宜上、改行は一行開けることで表現します。一日ずつ更新します。

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『感傷よりも青い月』1

病院の壁が白い理由をふと考える。乾燥したベッドは清潔でさらさらとしていて、世界は静かで、閉じた窓から見える月は満ちていた。水面に咲く睡蓮のように月は不思議と明るく、霧に通すように、光には濃淡がある。長方形の窓枠が額縁だとすれば、この景色こそが絵画だった。 だから病院の壁は白いのだと、少女は思った。部屋の照明は落ちていたけれども、外には夜の光があった。 彼女はすべてを喪っていた。果てのない喪失感は、未だに喪ったもの以上を蝕み続けている。悲しくもなければ、寂しくもない。況して

    • 『最高の図書館』8

      二 「少しは自力で本を選ぶべきじゃないか?」 開口一番、いつもと変わらぬ無表情で川上さんは言った。挨拶の過程が省略されるのはいつものことだ。 「真夜君は司書の仕事を尊重しているんですよ」 僕は莫迦みたいにうんうんと頷くが、こういう場面で川上さんが折れるのはあまり見たことがない。僕の手には今しがた受け取った読み掛けの『破戒』が握られている。 「もちろん、業務の一環としてのアドヴァイスです。利用者にとっての理想的な選書は困難を極めます。司書が推察することも可能ですが、表面的なも

      • 『最高の図書館』7

        第二章 笑い飛ばしてしまえばいい 一 本を読む。誰かと一緒にその時間を共有するリスクは確かに存在している。元来、書物とは孤独な性質のものであり、独りで読まれ、独りで書かれるものだろう。例外は少なからず存在するが、大多数はそうである。読み手は書物を独りで読み解いていく。言葉とは音であり信号である。文字とは視覚から情報を得る信号である。同時に文字は読むものでもある。文字の多くは発音が可能なもので構成されている。実際に構成したものを広義に於いて文章という。文字は音

        • 『最高の図書館』6

          三 真凛は勉強机に向かい、ノートと教科書を開いていた。勉強を邪魔しないように、静かに二段ベッドの上に行く。部屋には勉強机が二脚あったのだけれど、片方はあまり活用されていない。試験期間中でもなければ、真面目に勉強などすることもない。 ベッドに凭れるように坐る。家ではいつもぼうっとしていることが多かった。僕にとっての家とは勉強をして、食事をして、寝るだけの場所だったのだ。自室にはテレビも置かれていない。真凛などは随分と欲しがっていたような気もするが、真面目な姉の頼みが断られた以

        • 固定された記事

        『感傷よりも青い月』1

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        • 最高の図書館
          8本
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          2本
        • 『感傷よりも青い月』
          10本

        記事

          『最高の図書館』5

          一九時四五分。閉館十五分前のアナウンスが館内のスピーカーから流れてくる。没頭していた意識が戻り、視野の焦点が分散していく。どれくらい読み進めたのだろうかと手を止めてみれば、ちょうど、一〇八頁に差し掛かるころだった。大きく息を吐く。 「閉館だ」 声のほうを振り返ると、川上さんが書架に本を並べている。顔は書架に向けたまま、口と手だけが淡々と動いていた。 「判ってますよ。帰ります」アナウンスの瞬間を狙ったかのように喋り掛けるものだから、自然と次いでの文句を警戒する。 「生活に本の必

          『最高の図書館』5

          『最高の図書館』4

          「真夜君」 邪な目的も忘れて読書に没頭している最中に、話し掛ける声があった。物腰柔らかな声は、性急に過ぎる現代に於いて、逆に不適切の烙印を押されかねない。落ち着き払ったというよりは暢気な様子で姫野さんが立っていた。 「お疲れ様です」軽く会釈する。姫野さんに疲労の色は見えない。 真っ白な髪は短く切り揃えられていて、頬から顎に掛けての鋭角的な線は不健康な印象を強くする。顔の丸みが消えて痩せぎすに見えるからなのだが、身体は存外にがっしりとしている。いつも若々しい青の開襟シャツを着て

          『最高の図書館』4

          『最高の図書館』3

          二 住宅が建ち並ぶ通りを抜けて、空の延長みたいな坂道を昇る。途切れた坂を横道に入ると、L字になった道の角に図書館は建っていた。 住宅に紛れて現れる図書館は、狭い敷地の中にある。高校から程近い場所にも図書館はあり、分館に区分される施設がここだった。 僕が住んでいる辺りには市区町村の付かない大字(おおあざ)の地名が残っている。大字とは要するに字(あざな)であり、口語としての呼び名の地名を引き継いだものである。土地の字だ。 本館は汎用的な市立図書館の名称を持ち、分館には地域の大字

          『最高の図書館』3

          『最高の図書館』2

          第一章 我ら偏執的読書家はつつがなく 一 本を読む。たとえば意味もなく街を歩いたり、積み重なった食器を黙々と洗う。自分の好きなペースで走ったり休んだり、眠たければうたた寝をする。あまりにも自然で忘れそうになるが、それらは生活に必要なものであり、欠かせば少し落ち着かない。普遍的な読書とは斯くして続けられていく。 純文学も大衆小説も変わらない。読書というのは負荷が掛かる行為だと錯覚されている。けれど、戦前に立ち返ってみれば本を読む敷居はなおさらに低く、日常の

          『最高の図書館』2

          『最高の図書館』1

          『断章 われら畏れを知らぬもの』河内飛鳥(川柳蒲柳)の詩 嘘は一つの符号に過ぎない。求めたのは言葉とも違うピリオドと書き切るまでの機械人形(オートマタ)だった。 しかし、人形は太陽に灼かれている。外側には人間の皮を被せている。 しかし、人形の瞼は落ちている。生身の目玉はすぐに乾いてしまう。 しかし、人形が手紙を書いている。指にはまだ不具に血の通う女が残っている。 人でなしの墓地に花を添える、変わり者の影が揺れる。野晒しの教会に続く裏庭が墓地である。人気のない聖堂からは雨

          『最高の図書館』1

          散文詩

          書き始めるまでは書くことがあったような気がするけれど、いざ取り掛かると明瞭ではない。不思議なもので、そんなときは詩作でもしようかという心持ちになる。 というよりも、曖昧な感傷やふっと脳裏に浮かぶ場面へと興趣をそそられる。小説が長い懲役だとすれば、詩作は余暇の楽しみになる。筋書きや脈絡を追放すると、書きたいことだけを書いている。 発散する意欲はすべからく反動に所以する。太陽は大抵が静寂のモチーフに、月は唾棄すべき安易な狂気に、筋書きを追いやれない哀れな水子に、想像が容易では

          『図書館』

          嘘は一つの符号に過ぎない。求めたのは言葉とも違うピリオドと書き切るまでの機械人形(オートマタ)だった。 しかし、人形は太陽に灼かれている。外側には人間の皮を被せている。 しかし、人形の瞼は落ちている。生身の目玉はすぐに乾いてしまう。 しかし、人形が手紙を書いている。指にはまだ不具に血の通う女が残っている。 人でなしの墓地に花を添える、変わり者の影が揺れる。野晒しの教会に続く裏庭が墓地である。人気のない聖堂からは雨に打たれた女が降りてくる。漆黒の聖女は酸性の雨で沐浴する

          『図書館』

          現代病

          風変わりな設定に付属される同じような言葉、模倣された文体と由来の辿れない感情表現、独裁的な価値観と耄碌した価値観。由緒正しき天空の城も太陽に飽きてしまった。変わりの船を見つけて地に落ちた。蔦に覆われた城はもはや何者をも拒み焼き払うしか手立てはなかった。

          紙一重

          コンパスで丸を描くように都市を切り裂く線路。斜めに走る車窓から見上げるビル群は各々が斜塔の様相を呈している。地表が際限なく反り返り、木肌が捲れるように都市は丸まっていく。車窓は自由キャンバスで席に掛かる重力の仕組みは不変であった。ビル間は天辺を擦り合わせて崩れていく。巻物の都市はシェイクされて、車窓だけが観測主に落ちぶれて…………抉じ開けた瞳に映る世界は平行だった。空気を吐き出すように電車の扉が開いた。僅かに残る眠気を無視して、出勤の道程を飛び降りた。

          ドーム

          金属が収縮するようにスプリングの効いた音の弾みが炎天下の密室にこだまする。蒸発した脳味噌のやがて蒸れた沼の臭気は爪先まで漂い、空の頭蓋を駆け昇る劇薬に変化した。反響に耐えうる骨でなくとも断末魔に満足の気配があれば弦を弾いてみせるだろう。すべては緋いローブを纏った女の指だ。限界をぎりぎりと引き絞り、撃鉄に掛けた紐が漲ったら発射せよ。貴い命をたった一度の音にして、悪魔の契約に身をやつして。

          反動

          雲海を眺め、切り取った先から始まる落下を塩気の強い風が浚うように昇っていく。我と我が身と肉体の集合を引き連れて、一直線の死相を流れ星に転移し見立てた。件の肉体は集合体、されど魂は一つしかない。無限に分離する我が身を知りながら、空中の軌跡を振り返らない。月夜見よ死よ訪れたなら悲壮の魂はきっと中空を貫いて雲海の隙をほとばしる。彼の肉体が水面に鮮血をはじけとばせば、死んだものを足蹴にして魂は再び飛翔を開始する。もっとも死んだ肉体がただ一つの魂を押し上げる。

          『感傷よりも青い月』10(完)

          「まず、狼京介が犯人であるという前提を考えてみたんです。警察も、事件は狼京介が犯人であるという前提条件から動いている。では、どうして狼京介が犯人と思われているのか? これは綾子さんが実際に犯人を殺害現場で見ているからですね。もちろん、それだけではありません。現場から逃走したという経緯もあります。思えば、狼京介は私が十年前の事件について話すまでは、綾子さんの正体に気付いていなかった。旧姓の楪綾子としての彼女は知っていても、榊綾子としての彼女は知らなかったんです。子供の頃から十年

          『感傷よりも青い月』10(完)