緋音レイ(staride-geist)

どうも、こんにちは。緋音レイです。普段はYouTubeやpiaproの方で曲を投稿して…

緋音レイ(staride-geist)

どうも、こんにちは。緋音レイです。普段はYouTubeやpiaproの方で曲を投稿しています。ここでは、自分が思っていることをメモしていこうかなと思います。よろしくお願いします!

最近の記事

消化不全

歌詞を書きたいと思えど、それが実現できない時がある。時間がなかったり、そもそもその議論に対して歌詞にするのに時間がかかるし、すぐには歌詞は書けないもんです。テーマは思いつくけど、そこからが長い戦いになる。最初からパッと思いついて、そこから広げていくほうが楽だ。 と、そんな話はおいておいて、結局何が言いたいかというと、こうして自分の中で「書こう書こう」と思って、書かずに捨てられた、或いは自分の中で忘れ去られた歌詞はいくつあって、それがどこに行ったのかはわからないということが言

    • 後暗い

      今夜中の2時にこれを書いてる。最近夜を更かしが多かった。前にも話したように、夜中の静かさがすごく好きで、なんだったら毎日でも夜更かしをしたいくらい、夜が好き。まあ、そんなことは出来ないので粛々と人生を生きますけど。 そうして、照明をつけて夜更かしをすることが多かったからか、いま照明を消すとこんなに暗いものかと驚いた。今まで明るい世界から夜を眺めていたけど、真っ暗な夜。こいつに愛情を注いでいなかった。 明るすぎる世界だけで生きていると、視覚やらなんやらの五感を偏った性質を持

      • 不協和音

        音楽的な不協和音とは、トランプで言うジョーカーのような存在である。基本は使ってはいけないとされているけれど、それを使うことによって、その曲に深みが出たり、感情の表現として似つかわしいものを作り出すことができる。敵でも味方でもないヤツだ。 自分はそういう両面性が好きというのもあり、不協和音の響きがすごく好きだ。不協和音で不快な音だけど、その不快さと同居する神秘みたいなものが、よくよく聞いていると聞こえてきて、すごく素敵な音だと思う。 両面性。自分にもあるのだろうか。自分その

        • 嫌味

          今、曲を作っている。つい最近、緋音レイとして、歌い手ユニットスタガイメンバーとして、名義を変えたところなんだけど、そのスタガイで歌う最初のオリジナル曲を作ってるところだ。 あまり下手なことを言えないんだけど、まあ、生まれたとか、生まれ変わったことに対して、どういう風に考えていくべきなのかを詰め込んだ曲を作ってます。出来上がったら、是非お聞きくださいませ。 ところで、自分は最近の歌い手グループのキラキラした曲というのが少し苦手である。というのも、自分の作る曲って、基本何らか

          どうせと結局

          何を書きたいかはわからないが、どうせと結局っていう言葉って、本質的には似てるんじゃないかと思う。どうせも結局も、どちらも否定とか諦めとか、そういうニュアンスを感じる。 どうせって、「どうせ〜ないからね〜。」って言うときによく使うと思う。そういう否定的な意味を孕んでいなくとも、少なからず、そういうどうでも良さを表現する言葉である。 同様に結局は「結局〜なかったじゃ〜ん。」みたいに言うときによく使うと思う。 結構似てるなと思うけど、2つの言葉の明確な違いは、勘がいい人なら気づ

          生きる意味

          最近、よく「生きる意味」を問われるようになってきてるような気がする。ある時の学校の授業で、そんな内容を扱ったとき、「生きる意味とは幸せになることだ」という考え方があると学んだ。しかし、本当にそんなに単純なもんなのだろうか。その授業の内容に関して、自分はしっくりきてなかった。 自分は「生きる意味」っていうのは「死ぬこと」だと思ってる。生まれたら、その後に待っているのは結局死ぬこと。でも、単に死ぬんじゃなくて、死んだ時に、今まで幸せだったなって思えるように生きる。生きる意味って

          緋音レイ

          こんにちは。現です。YouTubeの方でご報告させていただきました通り、今後は「現」ではなく「緋音レイ」という名義、staride geistというチームで歌い手活動をやっていこうと思っています。よろしくお願いします! 【関連URL】 ・ご報告 ・staride geist(スタガイ)公式チャンネル ・スタガイホームページ 急なご報告ですが、どうかご理解いただけますと幸いです。

          恐怖と奇妙

          ホラー映画なんかの怖いものって、見なくてもいいのであれば見ないものだけれど、時々、見ないといけないのではないかという焦燥にかられて、見てしまうことがある。ある種の好奇心と言えるような作用に突き動かされて、怖いのに見てしまう。 同様に、なんとなく変な歌(細かいことは抜きにして)っていうのは、もちろんちゃんちゃらおかしいものだし、すっちゃかめっちゃかで何が何だかわからないカオスなものであったり、逆に情報量が少ないものがあったりするけど、それはそれで、覚える気はないのに覚えてしま

          オートマチック

          自分の曲作りって、結構オートマチックなことが多い。適当に作ってるわけではないんだけど、曲作りに係る各工程が、作ってみたらこうなったって言う感じで、最終的な完成形は、その作ってみたらこうなったの集大成であることが多い。そのため、曲を作ったあと、曲について振り返ると、あまり曲作りに関する記憶がない。 米津さんがおっしゃっていたけれど、人間って基本オートマチックなんだなって思う。けれどそれが日常であることは、抗いようのない事実だから、藻掻いても藻掻いても、逃げ出すことは大凡できな

          「北極星」

          ちょっと前に「北極星」というタイトルで歌詞を書いた。この曲は、相当おこがましいことだというのは承知だが、米津さんを思って作った歌詞である。とはいえ、まだ完成させる気にはならない。歌詞はもちろん書き終わっているし、曲をつけようと思えばつけられるんだけれど、それがどうも今じゃないように思う。まだまだ未熟者の自分が、この歌詞に、この曲に「完成」を求めてよいのだろうか。いつか、曲にするかもしれないし、その時は歌詞が変わっていたりするかもしれない。当然、自分の居場所もわからない。だから

          夜と砂漠

          夜の寛大さというものをよく感じる。夜って、昼間と比べて自由さがあると思う。もちろん、昼間の時間帯だって、仕事などの休憩時間なんかでは自由かもしれないけれど、それよりも、もっと個人的に自由な時間帯が夜。夜の静けさに任せて、目を閉じる人もいれば、冷たい夜の感触に浸りながら夜を更かす人もいる。人が同じでも、その日によって、夜の過ごし方は自由であって、ものすごく個人的な、パーソナルな空間というか、時間帯だなって思っている。 静かで寂しい夜。そういう情緒のほうが、自分はエモーショナル

          伝う

          自分が曲を投稿しているのは、ある種の自己満かもしれない。いや、というか、かなり自己満な部分が多いような気がする。だけど、それでいて流動的でいたい。曲を投稿したかったのは、自分の曲を誰かに聞いて欲しかったから。そもそも、そういう気持ちって言うのは、歌詞を書き始めた頃からずっと思っていて、これを誰かに伝えたいなと思うようになった。 伝えたいことを拙くたって、伝える義務が自分のような表現者にはある。そうじゃなくたって、目の前にいる大切な人に、何か大切なことを伝えるっていう営みはご

          茹だる

          日に日に、蝉の声が一段と大きくなったり、肌が熱く火照ったり、そういう、もうそろそろ夏だなっていう感覚が少しずつ出てきたような気がする。米津さんが言うには、「夏」という季節には明確に終わりがある。それは、そう言われると自分もそう思ってきたことに気がついた。しかし、その一方、明確なはじまりっていうのは、近年の地球温暖化なんかも相まって、あまり存在しないように感じる。春の麗らかさからフェードしながらその気候を翻すくらい高い太陽と青々とした空がある季節になる。 自分は夏よりも冬のほ

          儚さと強さ

          昨日、「蜉蝣」という曲を投稿した。儚い曲を作ろうと思ってたんだけれど、ギターリフが完成して、「蜉蝣」のどうであれ頑張って生きていく、儚い力強さっていうのとマッチしたところから、元気のある曲に、どこか感傷的なサウンドというか、そういう情緒を入れたくなって、ああいう形になった。まだ聞いていない方はぜひ。 人って、どんなに死にそうなときでもどうやって生き残るかを考えるらしい。いわゆる、走馬灯と呼ばれるものだけれど、自分は、生命の今際って、その生命が最期の一番元気な瞬間なんじゃない

          はじまり

          自分が作詞作曲を始めようと思ったのは、いわゆる「言葉と音楽」の繋がりにとても惹かれたからだと思う もともと、自分は詩を書くのが好きで、いろいろな詩を書いてみたけれど、その延長にある「言葉と音楽」の繋がりという部分にすごく惹かれた。 言葉と音楽の何が良いかと言われると、今のところ、自分でも良くは分からない。けれど、どこか魅力がある。言葉で遊ぶ感覚。それを音楽に乗せて、2つの媒体で、自分の思想とか、価値観とか、そういったものが重なった部分に、本当に自分が考えている事の軸のような