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川堤の葛


秋になると、川堤をびっしりと覆う葛の茂みは、セイタカアワダチソウとススキの求愛を受ける。セイタカアワダチソウはあちこちで葛の茂みを下から貫き、空に向かって茎を伸ばし、黄色い花冠を風に揺らせて葛の気を惹こうとする。それに遅れを取るまいと、ススキの群れも銀色の穂を伸ばしてくる。だが葛は、春から夏にかけて茂みに棲んでいた虫や百足や蛇や、迷い込んで来た犬や猫やヒトから零れた夜の呟きを捕獲する作業に夢中で、セイタカアワダチソウとススキの試みは徒労に終わってしまう。


夜の呟きに触れることで葛の葉には黄変が兆し、細かな斑点が表面に散らばり、小さな穴も開いてくる。秋が深まるにつれ、葛は蔓の先端から衰えてゆくが、代わりに夜の呟きをくるくると丸めて生まれた星の子をサヤに包み、風に頼んで地上に落下させる。だが、捕獲した夜の呟きの多くは地中に潜り、黒々とした長芋状の塊根を形成して、そこから分泌された星気が、葛の地上の冬枯れを茎の節部で食い止める。そこに冬眠星を作り、春の発芽を待つのだ。

 
盛冬を迎え、葛は自らの運命を受け入れ、冬眠星のある茎を除く大半の部分は、速やかに枯死して行くことを望んでいる。しかしセイタカアワダチソウとススキは葛に追い縋る。セイタカアワダチソウは萎びた花冠を狂おしく風に散らせ、ススキはその穂から冬枯れた葛の茂みに銀粉を撒き散らす。ここにきて初めて、葛は彼らの求愛を受け入れる気になり、彼らに星気を分け与える。やがてはセイタカアワダチソウとススキも枯れてゆくが、どちらも星気を凝縮した地下茎として冬を越し、春からの葛の発芽と繁茂と衰退を、また共に追い掛けては求愛し、また共に滅びてゆく。



『2022 金澤詩人賞』一般編の入賞に選んでいただきました。

川堤の葛(夏)
川堤の葛と背高泡立草(秋)


                                  

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