デザインリサーチとは? (その0:リサーチの役割編) #194
パーソンズ美術大学のTransdisciplinary Designでデザインを学んでいます。まったくのデザイン未経験から学び始めましたが、先日無事に1年目の課程を終了し、今は夏休みに入っています。
そこで、1年間学んだことの復習も兼ねて、「デザインとは何か?」について書いてみます。この「デザインリサーチとは?」シリーズでは、デザインの中でも特にリサーチの方法論についてまとめていきます。
今回は「その0:リサーチの役割編」と題して、リサーチの方法論を語る前に「そもそもリサーチとは何か? 何のためにリサーチをするのか?」を定義することから始めます。
デザインとは?
まずはデザインの定義ですが、人によって異なるというのが実情です。そうは言っても何か参考になるものが必要なので、授業で教わった以下の定義を基準にします。
この定義によると、デザインは大きく3つの要素に分けられます。
Specification: 何かの「設計」をする
デザイナー自身が成果物の全てを作る必要はありません。サイズや素材などの仕様を指定することで、デザインの仕事はひとまず完結し、実際に作るのは別の人や機械であっても構わないという意味です。
Materialization: 具体的なものとして提示する
頭の中のアイデアを形にして他人にも理解できる・使える状態にすることもデザインのひとつです。今はデジタル・サービスといった手で触れられない物もデザインの対象になっていますが、現実世界にアイデアを具現化して人々がそれを共有できれば、この点を満たしていると解釈ができます。
For an other: 誰かのためである
そのデザインが生まれたことで何かしらの恩恵を受ける人がいることを想定する営みであるということです。自分のためであったり、誰のことも想定していない行為はデザインではないということになります。
以後、デザインという言葉を使う時は「誰かのために具体的な物やサービスを設計すること」を意味することにします。
デザインとリサーチの関係
次に、デザインがどのような流れで進んでいくのかの概要を確認します。入学して最初に受けた授業で、「デザイン思考という言葉を聞いたことがありますか? デザイン思考とは何でしょうか?」と聞かれました。
Googleで"Design Thinking"で検索すると、デザイン思考の流れを説明する図が何枚も出てくることを見た後に、「デザイン思考は図示できるようなものではない」と言われました。その心は、デザインプロセスは図式化できるような道筋を辿ることはなく、試行錯誤の連続だからというもの。デザイン思考は、ある手順やアルゴリズムに従えばどんな問題でも解決できるという代物ではありません。
とはいえ、何も手掛かりがないと心許ないので、先人たちがデザインプロセスを伝えるために生み出した図を方便として使いましょう。学校の授業やクラスメートとの会話でよく引用するのは、いわゆるダブルダイヤモンドです。デザインプロセスを探索、定義、展開、提供の4ステップに分けた図ですね。このダブルダイヤモンドで言えば、リサーチはデザインプロセスにおける探索と定義の段階を指すと考えればいいかと思います。
Design-Led Researchとは?
私が授業で学んだのは、Design-Led Researchです。日本語訳すると、「デザイン主導のリサーチ」となるでしょうか。他にも、Research-Led Designとか、Research for Designとか、Research through Designという言葉もあるようですが、今回はこれらの細かい区別の説明は割愛します。
重要なのはこれらが区別できることではなく、Design-Led Researchでは、Design-Led がResearchを修飾している、つまり、デザインの思考法や手法を手段として使うのであって、Researchがメインであると理解することです。そのため、リサーチについて考える時、デザインのように問題解決までを想定しておらず、問題定義に重きを置いているという点に注意しましょう。
前述のデザインの定義で言えば、"For an other(誰かのため)"の部分だけをまずは考えていると言えるでしょう。デザインというと、「イノベーションを起こすような問題解決方法を考えること」という印象があるかと思います(私もありました)。しかし、問題解決のアイデアを考える前に丁寧なリサーチが必要なのです。
ちなみに、この授業では問題解決のことをsolutionと呼ぶのは好まれず、Intervention(介入)という言葉を使うことを推奨されます。英語母語話者ではないので細かいニュアンスまでは理解しきれていないですが、おそらくデザイナーが問題解決できると考えるのはおこがましいとか、"Research as Intervention(介入としての調査)"という言葉も使われるように、デザイナーがリサーチをする段階ですでにデザイナーと相手との交流が始まっているといったことを踏まえているようです。
リサーチが必要な理由は?
Ontological Designという考え方があります。存在論的デザインと訳されるようです。
これが意味するところは、人間はデザインによって物やサービスを生む一方で、デザインされた物やサービスも人間をデザインし返すというもの。このデザインされた物と人間の相互に影響し合う関係のことを、「存在論的デザイン」と呼んだりします。
個人的には存在論という単語は「存在するとは何か?」というトピックに関する哲学用語であって主張を表すものではないので、単語の使い方が哲学における使い方と違う気がしていてモヤモヤします。存在論の中には、相互的関係性を指すピッタリの哲学用語(リゾームなど)があるような気がします。
たとえば、「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」っぽさもあるので、ニーチェ的デザインとかはいかがでしょう? 冗談はさておき、存在論的デザインについては以下の記事が詳しく説明してくださっているので、参照してみてください。
人間とデザインされた物やサービスが相互に影響し合うという現象を踏まえると、デザインが社会に及ぼす影響の大きさに気づきます。なぜなら、人間とデザインとの間で影響を及ぼしあうならば、強化型のフィードバックループが働くからです。
たとえば、デザイナーがある偏見に基づいてデザインをしたとします。そのデザインを使う人や社会はその偏見を反映したデザインを利用して生活を送ると、デザインを通してその人たちは偏見を身につけることになります。こうして、デザイナーが持っていた偏見が社会に定着してしまいます。
存在論的デザインの考え方を踏まえると、こうした強化型フィードバックによってデザイナーの思い込みや偏見が社会に定着しないように気を付けなければいけないことに気づきます。そこで、リサーチを通してデザイナーが世界との関わりを主体的に持つということが必要になるのです。世界をあるがままに見ようとする試みがリサーチであり、デザイナーの思い込みや偏見をなくしていく作業でもあります。
まとめ
デザインの定義、デザインとリサーチの関係、リサーチの意義について紹介しました。デザインと言えば、華麗な問題解決のアイデアを考えるというイメージですが、それはデザインプロセスのほんの一部分であり、デザインはリサーチから始まるということが伝わっていれば幸いです。
次回は「その1:問題設定編」と題して、リサーチの具体的な方法論を見ていきましょう。
追記
noteさんの「#デザイン 記事まとめ」や「みんなのUXリサーチマガジン」で本記事を取り上げていただきました。まだまだひよっこデザイナーなので大変恐縮ですが、デザイン記事の仲間入りができて光栄です。取り上げていただいたからには、このシリーズ最後まで書かなければ。
ACTANTさんの以下の記事でもご紹介いただいています。
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