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推しとプロ野球

プロ野球も「推し」の時代

いつものように神宮球場での試合観戦をしている中で、ビールの売り子に言われたこんな一言に驚きを隠せなかった。

「推しは誰ですか?」

アイドルやメンズアイドル、アニメ声優などを応援する中で”推し活”が流行っていることは当然知っている。しかし、私にはプロ野球の試合を長年見てきている中で、”推し”という言葉がしっくりと来なかった。これまでInstagramを観ている中で「宇草推し!」や「推しはドラゴンズ岡林です」「負けたけど推しが打ったので今日は良しとする」などの記載は度々見てきているが、リアルな会話で推しという言葉が自分に投げかけられるとは思ってもみなかった。推しを「応援している選手」という形であれば、簡単に回答できるが、”推し”という感覚で応援をしていないため、言葉に詰まった。
”推し”というのを否定するつもりはないが、なぜプロ野球が”推し活”の対象になったのかを考えてみたい。

ひと昔前のプロ野球とは何が違うのか

昔から、ファンや応援の証として扱われるユニフォームだが、購入するきっかけの定番は、観戦した試合で活躍をした選手や、圧倒的なエース、4番打者などの印象に残りやすい選手が多い。私も初めて袖を通したユニフォームは広島の四番を担っていた金本知憲だ。当時から、選手とファンの距離感は気軽に会えるものではない。街中で歩いている選手に声を掛けない限り、金本選手の声を聞くことができるのはインタビューや、年末特番くらいである。つまり、試合での活躍がファンになる全てだったのだ。高橋慶彦が現役時代に慶彦ガールズと言われるファンがいたりとイケメン選手というのは、昔からアイドル的な存在として扱われることは多かったのも事実であるが、紛れもなく主力として活躍していたため、試合観戦・ニュース・テレビ観戦などの接点、つまりはメディアパワーでのこのようなアイドル的な信仰が生まれたと考えるのは容易い。
しかし、今の”推し”というのは決して主力選手ではなく、あまりテレビや試合にも出るわけではない主に若手選手やイケメン選手の応援に使われる印象が強い。例えばで出すのは失礼かもしれないが、ユニフォームを着ている人も多く、チャンスにめっぽう強いライオンズの主力である山川穂高に対して「西武の山川穂高”推し”」というファンを聞いたことはない。今では活躍している主力がきっかけでプロ野球ファンになるのではなく、若手選手たちの”サクセスストーリー重視”の応援をしたいファンが増えているとも考えられる。「ずっと応援していた選手たちが一軍で活躍する姿」を求めているのだろうか。

なぜ”推し活”がプロ野球で始まったのか

推し活がプロ野球に浸透していくきっかけとなったのはやはりSNSが大きい。今では多くのプロ野球選手がTwitterやInstagramで発信している。ライオンズの平良選手に限ってはシーズン中にも限らずYoutubeでのゲーム実況をしている。少し前には、ClubHouseなどもあり、キャンプ中の選手たちの会話を聴くことができた。さらに、選手たちからの発信でなくてもSNSを通じて新聞社やファンが写真をアップするため、検索すれば選手たちの写真をいつでも見ることができるようにもなっており、選手の素の姿に触れる機会が増えているのだろう。また、SNSのダイレクトメッセージや、メンションで選手たちに直接的に応援の言葉を投げかけることができ、選手たちも返信や足跡などのアクションを取ることができる。双方向でのコミュニケーションが可能だ。たしかに選手たちからのメンションが来るとファンはうれしい。私も何度かメンションを付けて投稿したことにより視聴されたり、アクションが来たことがあり、何とも言えない喜びを感じたことがある。このファンとの距離感が縮まったことは、”推し”を生みやすい構造に変化してきているともいえる。
さらに、野球は年間143試合も開催され、視聴機会が多い。大きなツアーで年間数回しか会えないアーティスト・アイドルよりもよっぽどリアルな姿を観ることができるのも応援から”推し”に変わるトリガーになっている。
推し活にはグッズも必要不可欠だが、プロ野球選手のグッズも大きく変わってきている。ひと昔前は購入できるユニフォームは限りがあった。販売されているのは主力選手のみで、試合会場での物販やオフィシャルショップで購入しなければならなかった。今ではユニフォームのサプライヤーの努力やグッズ販売のECサイトも充実により、二軍選手や育成選手のユニフォームも主力選手と同様に購入することができるようになっている。選手をしやすい”課金”システムが推し活を後押ししているともいえる。

多くの推しを生んだBIGBOSSビジネス

2022年から北海道日本ハムファイターズの指揮官を務めているBIGBOSSこと新庄剛志監督。1年目の若き指揮官は、「ファンは宝物」というファン中心の一年を提示し、ファンサービスに事欠かさなかった。そして驚きの全選手を1軍で使うという公約をシーズン前に打ち出し、多くの若手選手を一軍の試合で観ることができた。この采配の功績もあり多くの若手選手たちが初ヒット、初勝利などが生まれた。ファイターズの二軍選手は鎌ヶ谷での2軍となり、北海道にいるファンたちは1年間観ることができないシーズンも多い中、ほとんどの選手の1軍出場を観ることができ、少なからず活躍を観ることができたのは”サクセスストーリー”を期待させたのではないだろうか。
また、今年はきつねダンスもあり、選手たちの”かわいらしい姿”も発信したことも選手のプライベートな一面を見せるきっかけにもなったのではないか。実際にファイターズの試合には、新しいユニフォームになったこともあるだろうが、主力選手に偏らず、様々な選手の番号を背負ったファンたちがいる。
多くの若手選手たちをスポットライトを浴びるステージ上にあげることで、ファンたちが選手たちを知るきっかけをつくり、「若手選手の見本市」になったのは多くの”推し活”を加速させたのではないだろうか。プロ野球界ではなくても、BIGBOSSはアイドルプロデューサーとしても優秀になる素質があるかもしれない。

プロ野球球団は推し活にどう立ち向かうか

ファイターズが推し活時代にばっちりとハマっているように、各プロ野球球団も推し活のビジネスに乗っていく、もしくは追いついていく他ないだろう。ヤクルトスワローズがイケメン投票を行ったり、様々な球団が様々な缶バッヂ、アクリルスタンドなどのアイドル業界で定番とも言われるグッズを販売を始めている。「推し活時代」に試行錯誤している球団が多いのを感じられる。
間違いなく言えるのは推し活の接点になるのは、”SNS”だ。言わずもがなどこの球団もSNSには力を入れている。以前、コロナ禍で多くのファンが球場から姿を消した際にも多くの球団がSNSでの発信を行っていた。監督室からのライブ配信を行った読売ジャイアンツや、選手のライブ配信を行った横浜DeNAベイスターズは特に広報力が強かったと感じる。そして、今度は違う角度からの球団の”広報力”が試されている。主力選手たちの活躍だけでなく、これから活躍するであろう選手たちのプライベートな姿やサクセスストーリーを感じさせる発信に力を入れる球団がプロ野球推し活時代を乗り越えることができるのではないか。

プロ野球推し活時代の懸念

将来的に推し活時代には、考えられる懸念もある。”一過性のブーム”となってしまうことや、”選手の長期離脱・退団”である。アイドルファンもアイドルがグループからの脱退や、チケットが手に入らないなど、手の届かないところにいくと飽きからの離れていくファンが多い。カープ女子も注目されてから多くの球場でチケットが取れなくなってしまった。この推し活の現象が一過性のブームになり、カープ女子現象になってしまわないだろうか。
また、いずれ、若手選手はFA宣言での退団やケガでの長期離脱、戦力外通告される選手も少なくはないだろう。今後継続してファンにしていくためには、「選手の退団=オタ卒」となってしまわないように球団は、選手のファンを”チームのファン”に変える必要がある。いい例があまりないが、過去のAKB48の前田敦子の、「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないでください」という個人ではなくチームを愛してほしいという発信を行っていく必要があるだろう。
また今年も戦力外通告の季節が始まった。推しの戦力外という事実に向き合えず、”卒業”するファンが少ないことを願う。

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