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on the swing【滲み】1600字

靴飛ばしたら一周して背中に当たった。

小雨。傾斜22°。16時前、広い、公園、
曇る空は象みたいなグレーに墨黒混じりで。
立ち漕ぎブランコから放たれた靴は、砂場を超え道路を超えたちょうど正面の一軒家の中にスンと入っていった。いつから小雨が降っているかはわからない。

空中でバレリーナのごとく伸び切った右足の甲とほのかな弧を描いたつま先は、ゆっくりとブランコの座面に戻る。
大きい揺れに任せる直立した身体。
ゆっくり座る。座面に。汗かと思って拭った顔には小雨の跡で。
左足は地面を踏みしめ、揺れを止め。右足は、心もとなく、宙に吊る。



誰もいない、と気づいた公園に自分ひとり、後ろを振り返っても誰もいない。
聞こえる小雨の嘲笑。
どうしようもなく、
片足が砂に犯されないようぴょんぴょんと。

その家は物音ひとつしない、シンとしている、
どんな人が住んでいるのか想像できない程に、
きっとレゴで出来ていて玄関は開かないだろう、
なんて。

昨日はたしか
ゆーじ君とか
三宅ちゃんとか
さだまる
が公園にいた気がする。
犬の散歩の人とか。
晴れていたからか。
僕もほとんど真っ暗になる手前まで
ブランコで靴飛ばしして遊んでから家に帰った。
なんだか毎年なつやすみの後半は
おんなじように毎日を過ごしている気がする。
ブランコの持ち手も僕の手の跡が色褪せている。
そりゃ靴もよく飛ぶ様になる。



滲み_on the swing



重い門構えの割に軽いインターホンを押す。
「すみませーん」言いながら庭の方が少し見えるが、靴は見当たらない。「すみま、せーーん」もう一度押すとインターホンは奥に潰れた。
強くなる小雨の傾斜のおかげで僕の背中はびしょびしょ。

勝手に庭に入った。

くるぶしぐらいまでの雑草がかゆい。
犬小屋に犬はいない。
洗濯物は白が多い。
小さな花壇に紫の花。
水浸しでどろどろの僕の右足。靴はない。空は暗くなりはじめた。
「すみませえーん!!」
家を見上げながら振り絞った声はこだましただけ。
2階の窓に置かれた手作りみたいなぬいぐるみは、
三つ編みで薄く笑ってこちらを見下ろしている。

庭を出た。

表札は『能登』。

普通に歩いて近くのスーパーを目指す。暗くなってきているよな。まだ時間が早いのか。ズンズン歩きながら目で街灯を探す。まだ光はついていない。裏道だからだよな。さっきから人も車も全く通らない気がする。いま何時だ。公園で時計を見てくればよかった。足はスーパーへ急ぐ。今日も無駄に激しく明るいはずだ。この曲がり角を曲がれば。靴下が重い。広い土地に何も光がついていない。全く車が駐車していない。自動ドアの貼り紙は『臨時休業』。聞こえる小雨の嘲笑。家へ向かう。走る。小走りから全速力へのギアチェンジ。両足の靴下も脱いで、雨のコンクリートを裸足で走る。足の指で強くコンクリートを跳ね返す。


「能登さん洗濯物取り込まないと」


不意に聞こえたその声は、誰かとすれ違った時の感じだ。
急いで振り返る。
足の裏が痛い。
誰もいない。
聞こえる小雨の嘲笑。
見上げるとほぼ雲の形が認識できないほどに暗い空。
家が遠くに見える。
その灯りはママが夕食を作っているのだろう。
全身びしょびしょの体は少し笑って裸足のまま歩きはじめた、家へ。
ローンという見えないお金でパパが買った新しい家へもうすぐお引っ越し。
9月の登校初日の挨拶に緊張している、
どんな声の大きさとトーンで挨拶したらいいんだろうか。
ワクワクとドキドキと歩きながら慣れ親しんだ曲がり角を曲がると、
そこには家ではなく、これまた慣れ親しんだ公園とブランコ。
ワクワクしすぎて道を戻ってきてしまったのか。
はは、と軽く笑いながら、
僕は右足だけ靴を履いたままブランコを立ち漕ぎしはじめた。

漕ぎはじめの膝にグッと力を入れ、
思いっきり体勢を曲げて、
勢いを増して、
靴を飛ばすときは、
前に蹴り出すように、
空中で伸び切るように。

いつから小雨が降っているかはわからない。





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