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updating【滲み】1500字

「囲碁の途中で石握りながら死んじゃったじいちゃんが言ってたんだけど。。」
ソーダ味のアイスをかじりながら先輩が言う。

わたしは横目で彼を見ながら、わたしたちをが乗る軽トラの荷台を左手で掴みバウンドを制している。
「剪定しても思うような方向に新芽が出ない時は、人を嫌ってるからだって。嫌な想いがあると樹もそっぽを向くんだって。」
先輩は上を見上げながら思い出しているよう。もうアイスはだいぶ溶けて。指がベトベトそう。軽トラが大きく弾む、水色の直方体がするんと先輩の親指と人差し指に腰掛けた。白い陽で熱せられた荷台は熱く、暑く、トウモロコシが日陰を嫌うから俺らも陽を浴びようだなんてアホな発想の先輩。また揺れた。
白いTシャツに軍手のサラリーマンの男女が白い軽トラの荷台で距離をとっている。



軍手の中は水溜まりのよう。
農家のご主人は、
知らないラジオパーソナリティと延々とドライブをしている。

「先輩、トウモロコシの追肥に立ち会う意義は?」
彼の方は見ずに聞いた。

「それにしてもあちいな」

跳ねる荷台と同時に私の商社での商い人生も投げ捨てられた。
そんな気分。

自分の背丈ほどの葉の群れが向こうにも、その向こうにも、ずうっと広がっている。美しいと思おうと思えば思えるその緑たちは、すぐにタイヤが撒き散らした赤い茶色に紛れる。熱さと車酔いが、襲う、荷台に落ちた液体のアイスが、さらに襲う。汗に溺れる。

「じいちゃんはこうも言ってたよ。」まだ続くか。

『嫌いな人を好きになるには、とことん嫌うしかない。』
「言い訳みたいな喋り方が嫌い、趣味が合わないから嫌い、すぐ揚げ足取りするから嫌い、鼻の形が嫌い、陰口をたたくから嫌い。」
『そんなもんじゃないもっと突き詰めろ。』
「さも人のためかのように説教してくる時のこっちの目を見ずに痰をからませたまま喋るタバコ臭いアイツの口調と脂っぽい鷲鼻が嫌い。」
『足らないな。もっと突き詰めろ。なんで嫌いなんだ。』
「アイツのせいで退職したやつなんていっぱいいるし、俺にばっか嫌がらせしてくるし、無駄な仕事ばっか増えて徹夜もたくさんしてるし、会社終わったらすぐパチンコ行ってるらしいし。。」
『それで全部か。なんで嫌がらせするんだ。』
「知らないよ。人に嫌がらせして快感を覚えるんじゃないの?」
『快感覚えさせて人のためになったじゃないか。そんなやつ妄想の中で殺して、人の役に立った記憶だけを擦りあげろ。』


滲み_updating


見上げる青空にひとつだけ小さい白い雲が流れてきた。
「・・・・・先輩、、それでその嫌いな人の事を好きになったんですか。」
「なるわけねーだろ。でも妄想の中で何回も何回も殺したよ。殴りまくった。血だらけにした。交通事故に遭わせて全身骨折内臓破裂にした。でも、ものすごく仕事に集中できるようになった。周りからもあんな人の下で頑張ってて凄いねという良い評価になった。なんにもしないで妄想しただけなのに。」

先輩を見る。次々と走り去るトウモロコシの葉を背景に瞬きをしないその横顔を、私は見た。私は次に空を見上げた。雲がなく私の居場所がどこなのか定まらなかった。

彼はアイスの棒をTシャツの胸ポケットにしまった。ベトベトなのに。
軽トラのバウンド、それで棒はポケットから飛び出た。
汗が暑い。太陽も軽トラもTシャツも私の腕も白い。真っ白。

知らないラジオパーソナリティは知らない訛りで有名なJpopをかけた。
まだまだ道は遠いようで、
意識が朦朧として私には到底妄想などしてる場合じゃなかった。

薄れる意識の中流れる映像は、
骨や血の白や赤ではなく、
溺れる私を拾う緑色の舟だった。



ハイペースな異動に音を上げそうな私の総合商社での商い人生は、投げ捨てられたのか、拾ってくれる人がいなかったのか、それとも人生すら始めていなかったのか。29歳の夏。



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