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SFプロトタイピング小説「北部回廊」外伝ー グローバル感染症①

※1 本作はフィクションです。実在の国家・地名・人物・組織が一部登場しますが、特定の国家・人物・組織等を揶揄する意図はありません。
※2 作者は医療専門家ではありません。

1.総論

 約80年前に流行した、あるグローバル感染症は、世界全体を短期の経済混乱に陥れた。現代の経済学者たちは、この短期の騒動を一顧だにしない。

 現代のデータ心理社会学者/データ地政学者たちも、経済学者と同じく、この感染症のグローバル経済への影響について全く興味を示さない。他方、各国が当時採った未知のウィルスへの戦い方には、大きな関心を寄せる。

 彼らの興味を惹く最大の理由は、各国最高峰の頭脳が四苦八苦の末に都度編み出した【戦術】が、為政者による意思決定の段階で、EBPMエビデンス・ベースドから完全に乖離し、論理性を失った“全くの別モノ”に変容したからである。感染症の流行から終息に至るまで、国を問わず、例外なく。

 2100年の現代からは到底考えられないが、エビデンスに基づく集合知は都合よく取捨選択され、振り返れば「それぞれの国民性を如実に反映した戦い方」が、ただただ実行された。この点だけでこの感染症騒動は、今も世界中のデータ地政学サイエンティストに、格好の研究材料を提供し続けている。

 例えば❶欧州やユーエス国は、犠牲や失敗を許容するリスク取りまくり戦術、❷シー国は、どんなミスも一切許さない神経質な完璧戦術(ただし2022年冬の【世界大運動会】後に、この戦術を大きく転換する☚というか、採らなくてもよくなる)、❸ジェイ国は、他国の結果を知りながら絶対リスクを取らない石橋を叩いてもすぐ渡らない戦術、❹一部のアジアや大半のアフリカ諸国は、そんなに影響ないけど、とりあえずみんなに付き合っとこ戦術、を採用した。

 このなかでも特にジェイ国の戦術は、時に「石橋を叩き過ぎ、渡る前に石橋そのものを破壊する」という結末を招いた。リスクを極端に恐れ、どんなにキビシィ事象に対しても常に最初から100点満点の結果を求める、いかにもジェイ人らしい笑えない ”お約束” である。

 でもこのお約束は、ジェイ国に予期せぬ幸運をもたらした。「超過死亡を最も抑え込んだ奇跡の国」「世界で最も上手く感染症に対処した完璧国」として、一部のアフリカ諸国とともに、当時の世界保健公団 WHAから表彰を受ける。すなわちジェイ国は、結果的に自国の“希少性”をさらに高めることに成功、『神秘の国』としての地位を固め、期せずして親ジェイ国の数を爆発的に増やした。

 「2050年の J・トークンの発行環境は、この時期から整い始めた」と指摘するジェイ人歴史家は少なくない。ジェイ国のその後の未来を決めたこの帰結を、当時の為政者たちが予め意図していたかどうかは、今も歴史家のなかで意見が分かれる。

2.各論

 この感染症騒動に関し、ジェイ人歴史家は同じく経済には一瞥もくれず、ジェイ国民社会へのインパクトに着目する。特に35歳以下の若年層への影響にフォーカスし、騒動の功罪は大きく3つだったと総括する。すなわち、

1.古典メディアの市場からの退出促進と、ニュータイプ・メディアの興隆
2.若年層のデータサイエンスへの覚醒と、ジェイ国のデータ立国化
3.世代間対立の不可逆化と、ジェイ政治の活性

である。

 【テレビジョン】に代表される当時の古典メディアは、感染症の流行から終息に至るまで徹頭徹尾、簡単な【加減乗除】【四則演算】に基づく数字を垂れ流し続けた。あるいはジェイ政府の指導によりアナウンスメント効果の発出を半ば強制され、道化を演じるしかなかった、とされる。この構図は一部ジェイ国民に見透かされ、逆に古典メディアに対するジェイ国民の信頼は、この騒動を境に完全に失墜。ニュータイプ・メディアの興隆を加速させた。

 特に、約3年ものあいだ連日報道された【四則演算】分析ショーの数々は、データ教育を受け始めていたジェイ国の若者世代を、完全に白けさせた。逆に皮肉なことに、データを正しく収集し、正しく分析し、正しく解釈することの決定的な重要性を、ジェイ国の未来を担う若年層に「これでもか」と植え付けた。さらに皮肉にも、これが優秀なデータ・サイエンティストを次々と生み出す土壌となり、ジェイ国のデータ立国化を後押しする。

 一方で、古典メディアが繰り返し若者世代を叩き続けた結果、世代間の分断どころか、世代間の対立が決定的となった(後にジェイ国は、高齢者人口がピークを迎える2040年頃まで、この世代間対立の先鋭化に悩まされる)。しかし若年層の政治への本格的な目覚めと、高齢者に影響を与え続けた古典メディアの順次退出により、ジェイ国の政治は逆に活性化していくこととなる。

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