#3 彼は笑顔の残像をのこして│人生を変えた出会い
あいつのいない夏は10回以上めぐり、貸したDVDはもう返ってこないと確信してから、また何度も夏がきた。
そしてまた夏がくる。
思いもよらない訃報が届いた。
いつもバカ話をして、最近有名ブランドのバイトのかけ持ちも始めたんだと言っていたあいつが、暑い夏の夜、死んだ。
バイト先には恋も仕事も真っ盛りの年頃からベテランの方までいたが、180cm以上の巨軀をかがめてヘコヘコ現れるそいつは、一瞬でその場を明るくする。
「ウダさーん、あの子エロいっすよねぇ〜!」
まぁ、この年頃の男の会話と言ったらそんなものだ。
僕は気分屋だったので、いつもそんなノリで現れるあいつをたまに鬱陶しく感じることもあったが、"いつもの感じ"のあいつがそこにいるだけで、妙な安心感があるものだ。
「いや、こっちの子の方が意外とこんな感じでこうなんじゃない?」
「まぁ〜じスか!やっぱ変態っすねウダさんは〜。」
まったくどうしもようないバックヤードだ。
当時の僕は、バイトはあくまでバイトだからと、必要以上の付き合いはしなかった。
営業時間内でも十分楽しかったし、みんな大好きだった。
他人との深い関わりを面倒に思い、ずいぶんドライで自己中心的な振る舞いをしていたと思う。
そんな僕にとって、あいつの振る舞いやノリは憧れに近いものだった。
いつでも誰とでも、公平に、優しく、明るく、楽しく接すことができるなんて、僕には信じられない芸当だ。
人を楽しませるならそのカロリーに見合った手当が欲しいなどと真剣に考えてしまうくらい、僕は利己的な人間だったのだ。
真面目に相談を聞いたり、悩みを打ち明けてもらえることはあっても、一緒にいて楽しさを提供できるタイプではない。
我ながらなんともつまらない人間だと思い悩む時期もあった。
だから、あいつのように普段から人を楽しませることができる存在は殊勝に感じていた。
「ウダさ〜ん!」と別に用もないのに絡んでくるあいつの声も、顔も、鮮明に覚えている。
ほとんどの場面で、基本的にヘラヘラしているやつなのだ。
そう。あいつを思い出すときに思い浮かぶシーンのほとんどに、あの笑顔があるということに驚く。
笑顔は伝染するという。だからだろう。その思い出の中の風景にいるみんなは、いつも笑顔なのだ。
僕は曲を作っていた。
ウルフルズのような圧倒的な希望に溢れた歌や、吉井和哉のような憂いを帯びた人生の歌を歌いたかった。
「"One Love"と"笑う"で韻が踏めるな」
それがテーマになることは決めたものの、歯が浮くような言葉しか浮かばないし、ペラペラのラブソングなら意味がない。
そう感じてしばらく寝かしていた。
その時の僕は、歌う楽しさや没頭することよりも、形式的なウケの良さを意識することに一生懸命だったが、一方で自分の心が燃えるような音楽を生み出したい欲求に駆られていた。
「自分が心から届けたいことは何だろう?」
「何がしたいんだろう?」
「ファンのみんなは何を求めているんだろう?」
自信のない時ほど人への当たりも強くなり、余裕が無いから人を跳ね除けるような葛藤の日々。
そんな自分と反して、行く先々にポジティブな世界を出現させてしまうあいつは、僕のコンプレックスであり、憧れでもあった。
その夏、僕が大好きだったダンス映画「You Got Served」のDVDを貸したっきり、バイト先からあいつはいなくなってしまった。
そのくせ、あいつは思い出の中で無責任にくしゃくしゃに笑うのだ。
・・・ああそうか。
笑顔は悲しみよりも強いのだ。
寝かしていたあの曲の一部が、あいつへのレクイエムのように脳内をこだました。
「笑う、笑う、君でいて」
あいつが好きなジャンルではないだろうが、音楽の中で生きてもらうことにした。
そういう命の在り方もあっていいと思う。
「まぁ〜じスかぁ〜!嫌っすよー。」と言っておまえは笑うだろうけど、届いているのなら、黙って聴けよな。
どうせ下ネタに替え歌するんだろ。
それから、
「あいつなら何て言うかな?」
「どんなリアクションするかな?」
「こんな感じで振る舞っていたよな」
そんなことを思っては、出来る限り日常の振る舞いも真似してみた。
驚くことに、興味のない話題でも興味を持つふりをするだけで、やがて本当に興味を持てるようになっていくのだ。
人間の脳というのはつくづく不思議だ。
怒ったり、悲しんだり、正しいことを話すのに僕らは忙しい。
どんな時も笑顔でいるのは難しいものだ。
それでも、僕が生きる残像も、願わくば笑顔であってほしい。
そして、あの歌の中であいつに出会えるから、僕は歌うことをやめないのだ。
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