東京創元_桑野さん

2018年度ミステリ4冠! 英人気作家の意欲作『カササギ殺人事件』

翻訳書ときどき洋書
担当編集者が語る!注目翻訳書 第19回
カササギ殺人事件
著:アンソニー・ホロヴィッツ 訳:山田 蘭
東京創元社 2018年9月出版

アガサ・クリスティへの完璧なオマージュ作品

「牧師の自転車がガタガタいうんだよ!」

カササギ殺人事件』の訳稿を最後まで読み終え、興奮して出社した私の第一声がこれでした。こうして文字にするとかなり危ない人ですが、上司も後輩も特に驚かなかったのは、日ごろの行いの賜物でありましょうか。以後「『カササギ殺人事件』はすごいよ。だって牧師の自転車がガタガタいうんだよ!」と言ってまわることになります(やはり危ない)。

この『カササギ殺人事件』は、コナン・ドイル財団公認のシャーロック・ホームズ・シリーズ続編(『絹の家』『モリアーティ』)や、イアン・フレミング財団公認のシリーズ続編『007 逆襲のトリガー』を手掛けてきたアンソニー・ホロヴィッツが、ミステリの女王アガサ・クリスティに挑んだともいえる作品です。
かつてテレビドラマ『名探偵ポワロ』の脚本を手掛けたことがあるとはいえ、今回著者が描くのは、これまでのような完全なシリーズの続編というわけではなく、あくまでクリスティへのオマージュ的なオリジナル作品。しかも全体の構成は、面白くするには相当な技術と発想が必要とされるもので、さすがの著者も構想には15年以上を費やし、執筆にはさらに5年近くかかったとか。

そしてできあがった作品は大変な傑作で、『ミステリマガジン』の《ミステリが読みたい!》、『週刊文春ミステリーベスト10 』、『本格ミステリベスト10』、『このミステリーがすごい』と、すべての年末ミステリランキングで1位に選んでいただきました。

葬儀からはじまるミステリ

物語は、1955年7月、イギリス・サマセット州の小さな村の葬儀の朝のシーンで幕を開けます。葬られるのはパイ屋敷という一帯の大地主の屋敷で長年働いていた家政婦。彼女は屋敷の玄関ホールの階段の下で死んでいたのですが、屋敷には鍵がかかっており、階上には掃除機が。果たして彼女はそのコードに足をひっかけて転落したのか――。
ストーリーは、章が変わるごとに視点を変え、少しずつ事件とその背景が語られていきます(おお、クリスティ!)。

墓穴をきっちり掘り終わって満足する墓堀人の親子。日ごろ説教が長くて村人から不満が出ているため、もう少し葬儀の説教を削ろうかと考えている牧師。朝食のゆで卵のヒビから家政婦の死体を連想する医師。それらの語りによって、少しずつ、家政婦が必ずしも聖人君子ではなかったことが仄めかされていきます。
そのように物語が進んでいくなかで、出てくるのがこの描写です。

牧師の自転車は、村の冗談の種となっている。おそろしくおんぼろな、がたがたとうるさいしろもので、車輪はぐらぐら揺れるし……(『カササギ殺人事件』上巻122ページ)

なぜか私は、この描写にいたく感動したのでした。
おんぼろ自転車で村を移動してまわる生真面目で実直な牧師。
いささかブーブー不満を垂れながらも、パブなどで冗談の種にするくらいには牧師を愛している村人たち。
村の人々の関係をわずか2行で鮮やかに描く、その手腕に恐れいったのだと思います。
余談ながら、最近の担当書で同じことを感じたのが、エリス・ピーターズ『雪と毒杯』(猪俣美江子訳、創元推理文庫)です。クローズド・サークルの本格ミステリなのですが、わずか40ページほどで、大女優の死、登場人物の紹介、飛行機の不時着とホテルへの避難を描き切ったのには驚いたものです。

そもそもの始まりは――

幸いなことに、本書は読みやすいというご感想をたくさん拝見しております。もちろんホロヴィッツさんがリーダビリティの高い文章を書かれているということもありますが、なにより訳者の山田蘭さんの翻訳に尽きると思っています。

山田さんとは初めてお仕事をご一緒するのは、この『カササギ殺人事件』が初めて。最初にお会いしたのは、さる翻訳ミステリ関係の催しでした。なにかの拍子に好きな動物の話になり(どういう拍子なのか……)、私がコアラを抱っこしにオーストラリアまでわざわざ行ったら鳴き声がかわいくなくてドン引きしたとお話ししたところ、後日山田さんからご挨拶とともに飼われているラブリーなうさちゃんの画像が届いたのでした。
そんなウサギとコアラの間柄が二年ほど続いたでしょうか。アガサ・クリスティへのオマージュに満ちた“Magpie Murders”という面白そうな作品を入手する機会に恵まれたとき、幸運なことにパッと山田さんのお名前を思いつき、読んでみていただけませんかとご連絡したのです。

幸運と書きましたのは、実は山田さんにご依頼した段階では、ルイス・ベイヤード『陸軍士官学校の死』(創元推理文庫)やD・M・ディヴァイン『そして医師も死す』などのご訳書が念頭にありはしたものの、アガサ・クリスティが心底お好きだとまるで存じ上げなかったためです(なにしろウサギとコアラの間柄なので……)。山田さんがどのくらいクリスティがお好きか、それはこの『カササギ殺人事件』をお読みいただければお分かりいただけると思います。

本当におもしろいミステリです!

なお、急ぎ補足させていただきますが、本書はアガサ・クリスティを全く読んでおられなくても充分にお楽しみいただける作品です(たぶん私も気づいていないクリスティ的なくすぐりがあるはずです)。
この作品についていえますのは、とにかく著者がミステリが好きだということ。
凝りに凝った構成、縦横無尽に張り巡らされた伏線、遊び心たっぷりの仕掛け。
あの仕掛けをアンフェアにしないために○○ページでわざと××について描写しているのか。△△という描写が犯人の手掛かりになっているのか。よく考えると※※のとき□□はつねに▲▲だ!……など、語りだしたらキリがないくらい、この本はミステリを読む楽しみに満ちています。
ぜひお手にとっていただけると幸いです。

執筆者:桑野崇(東京創元社 編集部)


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