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『ファクトフルネス』からはじまるこれからの希望(上杉周作)

翻訳者自らが語る! おすすめ翻訳書の魅力 第7回
" Factfulness "
by Hans Rosling, Ola Rosling, Anna Rosling Rönnlund 2018年4月出版
FACTFULNESS(ファクトフルネス)
著:ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド  訳:上杉 周作、関 美和 日経BP社、2019年1月11日発売

2019年1月の発売当初から大きな話題となり、30万部以上を売り上げるベストセラーとなった『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』。「翻訳書ときどき洋書」では、2018年6月に植田かもめさん、同年11月に共同翻訳者の関美和さんが同書を紹介するなど、いち早く注目してきました。
同書を関さんとともに訳した上杉周作さんはシリコンバレー在住のエンジニアで、今回が初の翻訳書となります。そんな上杉さんを迎え、執筆秘話やこれからの取り組みについて伺いました。

「自分のための翻訳記事」が大きな反響を得た

—— 日本語版が出版されたとたん、大きな話題となりましたね。

インフルエンサーの方々や、関連分野の専門家の方々が本書を取り上げてくださったのが幸運でした。ブロガーの徳力基彦さんが記事で絶賛してくださったり、『統計学が最強の学問である』を執筆された西内啓さんに高評価いただいたのは嬉しかったです。

Twitter上の反響も追っているのですが、「普段は翻訳書読まないけど、これは読みやすい」とか、「みんなに読んで欲しい」と勧めてくださる人が多いです。
ファクトフルネス』はとても普遍的な内容の本なので、勧めやすいのかもしれません。「本書を読まないほうがいい人」はそんなにいない気がします。

—— 上杉さんは普段、シリコンバレーに居住されているんですよね?

そうですね。フリーランスエンジニアとしてスタートアップのプロジェクトに参画したり、自分自身のプロジェクトを進めたりしています。コンピュータサイエンスの知識をゲーム感覚で学べるような教材を執筆していて、近々、日本語版と英語版をリリースしようと考えています。

—— エンジニアとして活躍されている上杉さんが、なぜ翻訳をはじめたのですか。

こういうふうに本に囲まれたところで話すのも恐縮なのですが、まったく本を読まずに育ったんですよ。せいぜいマンガくらい。
翻訳をはじめたきっかけは、僕の個人ブログでした。2013年にアメリカであるカンファレンスに参加したとき、とても面白い講演を聞いたんです。せっかくなら日本の友達にも伝えたいと思って、登壇者にも許可をとって、講演内容を和訳してブログに載せました。すると、その記事が多くの人に読まれて。それ以来、意識的に翻訳記事をアップしていくようになったんです。

—— 日本語と英語ではやはり得られる情報も違いますよね。

いちばんギャップを感じるのはTwitterですね。日々、英語圏の著名人や専門家がとてもいいことをつぶやいていて、大きな話題になるけど、日本語圏には全然広がっていない。

たとえばピーター・ティール著『ゼロ・トゥ・ワン』も、母校のスタンフォード大学で行った講義がもとになっていて、講義は無料で観ることができます。確かに、書籍として日本語訳されることが、日本の読者へ届くきっかけの一つにはなりますが、未訳の優れた無料コンテンツは英語圏にたくさんあります。

ただ、「日本に情報を届けたい」という使命感はそこまでありません。どちらかというと、「学びたいことを学ぶために翻訳する」ことのほうが多いかもしれません。
仮想通貨についてもいくつか翻訳記事を出しましたが、これも仮想通貨について学びたいと思ったからでした。その結果として翻訳記事を執筆するのは「おまけ」みたいなものです。そうすると読者からも反響があるし、自分の時間を費やすだけのリターンはある。いいことずくめだなぁ、と。

世界一周で気づいた自分のなかの「先入観」

—— 『ファクトフルネス』を翻訳したのは、関美和さんとの出会いがきっかけだったと、ご自身のnoteにありました。はじめて原書を読んだとき、どんなところに共感されたのですか。

ファクトフルネス』のなかで、著者のハンス・ロスリングはインド留学中に実感した先入観について話していますが、僕にもまさに同じような体験があったんです。

僕は2017年から1年くらい世界一周に出かけて、いわゆる「レベル2」にあたる国も含めていろんな国を巡っていました。
道中、バングラデシュのIT技術者向けに講演を行ったのですが、そこに参加してくださった地元の方々のほうが僕よりよっぽど優秀だったんですよ。僕もシリコンバレーで働いているから、それなりの自負はありましたけど……彼らは英語も流暢だし、知識も豊富だった。
そこで、自分のなかに先入観があることに気づかされたんです。「学ぼう」という意欲と機会さえあれば、世界のどこにいても情報を得ることができる。それを身にしみて感じた直後に本書を読んだので、ハンスのエピソードにとても共感しました。

—— これだけ日本で『ファクトフルネス』が受け入れられたのは、どんな背景があったとお考えでしょうか。

ちょうどフェイクニュースなどの問題もあって、「ファクト」という言葉にも関心が高まっていたのもあるでしょう。『ファクトフルネス』の根幹にある「認知の歪みに気づこう」というメッセージに共感してくださった方も多いのかもしれません。それはおそらく「レベル4」にいる多くの国が共有している課題かもしれません。『ファクトフルネス』の想定読者、すなわち「レベル4」にいるのは10億人ほどではあるけど、この人たちは世界をリードする立場にいます。レベル4の人々が世界を正しく見ることができれば、きっと世の中もより良くなっていくのではないかと思います。

—— 同世代からの反応はいかがですか。

ファクトフルネス』のメッセージを素直に受け入れてくれる人が意外と多い気がします。日本経済は大きく成長していませんが、若者は日々進化し続けるテクノロジーに触れているし、世の中がどんどん便利になっている実感もあります。若者の反応をSNSで見る範囲では、ポジティブな反応が多いようです。
逆に、上の世代になると、比較的SNSをやっていないのでよくわからないですね。

—— 日本人はどちらかというと物事を悲観的に見てしまう人も多いですが、海外の権威に「こうです」と言い切ってもらうと、なんとなく信じてしまいそうです。

それもある種の先入観ですけどね(笑)。でも、きっと「ハンスって、誰?」と、まったく事前情報なしで読んでもらうほうが、バイアスがかからなくていいのかもしれません。

出版後もオンタイムで情報をアップデート

—— 上杉さんは本書を出版されてからも、積極的にSNSで読者と交流したり、「チンパンジークイズ」の日本語版を制作したり、活発に活動していますね。なかでも「ウェブ脚注」の日本語訳や書き下ろし解説記事の公開など、「紙の本」という物理的制約を超え、オンラインへどんどん情報を追加されているのも印象的です。

日本語へ訳すぶん、英語情報とのタイムラグは起こるので、そのタイムロスを他の何かで埋めたいと思ってるんですよね。プラスアルファの情報というか、日本の事例やアップデートされた情報をオンラインに載せて、日本の読者へ「贈り物」として届けられたら、と思ったんです。
でも、身体は一つしかないので、『ファクトフルネス』についての発信がひと段落したら、自分のやりたいことを優先させたいと思います。

—— 「やりたいこと」とは?

30代、40代と歳を重ねていくにあたって、もっと国際協力寄りの仕事がしたいんです。世界一周したとき、レベル2の国々を見るなかで、テクノロジー分野で国際協力に携わりたい、と思うことが多かった。

ファクトフルネス』は、国際協力に携われている方々にも人気の本ですので、この本の訳者として、そういう方々と繋がることができたらいいなと思っています。

—— では、これだけベストセラーになったのに、次回の翻訳作の予定はないんですね?

そうですね。ありがたいことに、お誘いはいただくのですが。翻訳家でもない僕がこの『ファクトフルネス』を訳せたのは、本当に幸運でした。原著の著者であるロスリング一家、共訳者の関さんや編集者の中川さん、そして本の出版・販売に関わってくださったすべての方々に感謝しています。

これからもアメリカをメインの拠点として、さまざまな国で活動して、全世界に届けられるようなものを開発していきたいです。

プロフィール:上杉周作 Uesugi Shusaku
1988年大阪生まれ。日本とアメリカ育ち。カーネギーメロン大学でコンピューターサイエンス学士、ヒューマンコンピュータインタラクション修士取得。卒業後、シリコンバレーのPalantir Technologies社にてプログラマー、Quora社にてデザイナー、EdSurge社にてプログラマーを経験。2017年に世界一周後、現在はシリコンバレー在住。『FACTFULNESS (ファクトフルネス)』共訳者

(構成:大矢幸世)

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