恋する航路
若くして亡くなった叔母は小説家で、サセックスの田舎にある小さな家を私に残してくれました。
大きな楡の木が影を落とす煉瓦造りの古い家で、こじんまりとした居間にはシックな布張りのソファとウィングチェアがあり、マントルピースには葡萄とオウィディウスの詩が彫られています。
私はまだ学生で、夏の休暇中でした。
屋根裏部屋で叔母の遺品をぼんやりと眺めていたら、古風な革製のトランクを見つけました。叔母がパリやフィレンツェやイスタンブールに出かけるたびに連れていた素敵なトランクです。
小さいころに憧れて「同じのが欲しい」と言ったら、ちょっと困ったような顔をして、「同じものはどこにもないの。わたしが死んだらこれをあげる」と微笑んだのを憶えています。
まさかこんなに早く……
ため息をつきながら開けてみると、英語やフランス語で書かれた原稿がいくつか入っていました。叔母の筆跡です。
出版された形跡はないので未公開だったのだと思います。もしかすると作家になる前に書いた習作なのかもしれません。
短編があったので、さわりだけ読んでみようとページをめくってみたら、夢に入っていくようにすうっと引きこまれてしまいました。
淡い水彩で描かれた絵本のような、童話のような雰囲気のあるお話です。原稿にはさまっていたボタニカルアートがよく似合う。
夏の終わりの悲しみに、そっと寄り添ってくれるようでした。
あれからいくつもの季節がめぐりましたが、今でも夏がくるとネロリのことを思い出します。 そうして青い海の彼方に思いをはせながら、恋する航路について考えてみるのです。ふたりは今頃、 どうしているのかと……
今となっては、これを読めるのはこの世で私ひとりだけなのだと思うとなんだかとても残念な気持ちになってしまい、翻訳してnoteで初めて公開してみることにしました。よかったら読んでみてくださいね。
恋する航路
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