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パラレルワールド

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小説や詩など!
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#スキしてみて

たゆたい⑦

そう思ってから、私はLINEで彼とのトーク画面を開き、「お伝えしたいことがあるので、今電話させて頂いてもいいですか」と打ち込んだ。表現が固めの、恋愛に不慣れな人間の使う畏まった敬語だ。
いつもと違い、すぐに「おー!」とメッセージが返されてきた。感嘆符が付いているから、気を遣ってくれているのだろう。
もうその時点で、すべてを見透かされているようだった。
新卒で入ってきた仕事も恋愛も上手くやるやり方を

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手紙を書いて死なない理由を紡ぐ。手を繋いで生きる。深く呼吸をする。透明な膜を張ってその中で眠る。何者にも侵させない。森の泉のほとりで音を聴く。死ぬ理由はどこにもない。生きる理由は君がそこにいるということ。ささめく森が静かに眠る時間になる。砂金の零れる指先から伝える。おやすみなさい

たゆたい⑥

私は転職を決めていた。「生徒の心を前向きに変えて、人生のサポートをしたい」という思いは、壮絶な職場環境の中で打ち砕かれた。

転職エージェントとの面談の帰り道、私はLINEで彼に連絡をとった。しばらく打っていなかったメッセージ。既読がついたまま、そのままにされたメッセージ。これ以上、彼に関わってはいけないのだと思った。同期によると「忙しすぎて埋もれてしまっている」ようだった。
私は彼に告白をしよう

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たゆたい⑤

それからしばらくして、私は別の教室に異動が決まった。業務量に耐えられずに体調を崩しているからもっと負荷の少ない部署に異動させてあげてほしい、という彼の計らいだった。お別れの時は部署が開いたバーベキューに誘われて、普通に顔を出した。いたって普通にその日は楽しんだ。彼は他のグループに囲まれていたので、声を一度だけかけて挨拶をして、そのあとは話さなかった。気まずさは表面的にはもう払拭されていた。

その

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たゆたい④

そんな感じで、目に見えない光を無意識のうちに発揮して振りまいてしまう人間だったので、彼の歩いた後には思いを寄せた女性たちの屍が出来た。女性たちは皆思い煩い盲目になった。

ある日、彼は言った。
「俺はふざけてるのは仮の姿で、本当は真面目なの。お前はその逆。ほんとうにバカ」
私はなんとなくわかっていた。彼がふざけたりするのは皆を楽しくさせるため。皆を笑顔にするため。皆に気を遣って、ココ壱のカレーやド

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たゆたい②

彼は私の寂しさや脆さを全て見抜いているのだと思った。言葉にせずともそういう風に接するのがとても上手な男性だった。
そして時に真っ直ぐに、正面から言葉をぶつけた。

新卒入社した会社は全国展開する学習塾で、とても仕事が忙しかった。彼は学生時代からアルバイトで塾講師をしていて、その教室の教室長を任されるほど実績も積んでいたし、だからこそ信頼されていた。その当時の彼の年齢で教室長を任されるのは異例の出

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たゆたい③

そんなわけで、私が彼に恋愛感情を抱き始めるのも遅くなかった。初めはただ、仕事が恐ろしいほど出来てコミュニケーション能力が高い「超人」で、いわゆるコミュニティ内のキラキラしている存在だ。自分とは全く違う種類の人間だと思っていた。
それなのに、私はうっかり足を踏み外して沼に転げ落ちてどっぷり彼の心の中に捉われてしまった。
一体、何てことだろう。
胸の奥が苦しくて動悸がすることが、こんなにも満たされて心

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追憶

精神安定剤で永遠は手に入らない
永遠なんて別にいらなくて
一瞬の幸福の続きでいい
記憶の連なりと望んでいる未来のその先
夢に出てきた車窓の外
予見は当たるとは限らない平行世界
いつかわかりたい優しさの先
涙を流す理由のその奥
食べられてしまう希望と鳴り止まない轟音
それでも見つけたい
生きていく訳
幸せだと思うのに言葉なんていらなかった
だけどたくさん浴びてきた
流線形に落ちていく月から零される星

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星霜圏

ひとは肉体を失ったら骨になる。それから火に焼かれて煙に巻かれ、その灰は天に昇って星屑になり、宇宙の一つとして天空に撒かれる。魂は星屑として那由多数多であり、かけがえのない世界の光。烟るような白い煙。神羅の導く星座の成り行き。廻り合わせる光と光。それが邂逅。

私は私のままで、私にしか言えない表現がここにあって、稚拙で水の上に浮いた浮薄で溶けた花弁のようでもそれはきっと透徹でありたい倫理だから謎を準

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たゆたい①

手を握られていた。
部屋の中は柔らかな温度に包まれていて、そこにはただ優しさしか存在していなかった。私の手を握ったその手は私をどこか知らない場所へと導いてくれるようだった。そこは私が今まで足を踏み入れたことのない場所で、私と彼しか入れないところだった。私は少し緊張していて、その心地よい浮遊感の中に少しずつ爪先から入っていった。そこには暖かで清廉な水が湛えられているようだった。彼の瞳を見ると、穏やか

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雨が地面に滴り落ちる。一粒一粒の中に小さな魂が憑いていて、やがて静かなみずうみになる。わたしは今静寂の中にいる。どうしようもない消失感に包まれて雨の音を聴いている。雨と音と一つになったらここはどこ。