たゆたい①

手を握られていた。
部屋の中は柔らかな温度に包まれていて、そこにはただ優しさしか存在していなかった。私の手を握ったその手は私をどこか知らない場所へと導いてくれるようだった。そこは私が今まで足を踏み入れたことのない場所で、私と彼しか入れないところだった。私は少し緊張していて、その心地よい浮遊感の中に少しずつ爪先から入っていった。そこには暖かで清廉な水が湛えられているようだった。彼の瞳を見ると、穏やかに満たされたように濡れていた。あどけなさを残した顔つきはもう孤独を感じていなかった。
小さな部屋の中で私たちは一つになっていた。二つの心臓が鼓動をゆっくりと刻んでいる。指を絡ませあって時間を溶かしあった。もう大丈夫、と私は言った。もう、大丈夫です。
彼は黙って微笑んだ。
その世界で、私たちはただ二人だけそこに存在していた。余白と時間を愛で埋められるだけ埋めた。音や声は無く、静かだった。

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