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小売のマーケティングトレンドと、「小売×メタバース」の可能性

テクノロジーやデータを活用した、新しいマーケティング/広告施策が次々と生まれていますが、リテール領域のマーケティングにはどのような変化が起きているのでしょうか?

小売業のDXに関する有識者である郡司昇氏に、近年の小売業界におけるマーケティングの潮流を幅広くお聞きしました。

小売とパーソナライズ施策は相性が良い?

――テクノロジーやデータの進化に伴い、マーケティング/広告領域の高度化・複雑化が進んでいますが、小売業界で話題になっているトピックはありますか?

郡司氏:ホットトピックはいくつかありますが、まずサードパーティCookieの廃止は大きな変化だと言えるでしょう。Googleは廃止期限を2023年に延期しましたが、いずれ使えなくなるのは間違いありません。そうなると、当然ファーストパーティデータやゼロパーティデータを活用できるように整備しないといけないわけで、小売業界の各社でもCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム:独自の顧客データ基盤)の構築に注力する企業が増えています。

国内だと現在はCDPに特化したプラットフォームを提供する会社がシェアNo.1のようですが、最近はAWSを活用するケースや、Google Cloud Platformが提供するBigQueryを導入して自社でCDPを作るケースも多いです。BIツールでデータ分析を行い、マーケティングだけでなく経営戦略の意思決定に生かす動きも活発になっていますね。

――データ分析基盤を構築することで、パーソナライズされたマーケティング活動も活性化しそうですが、小売業界でも成功事例は出てきているのでしょうか?

郡司氏:販促活動におけるパーソナライズ施策は増えてきていると思います。本当の“成功事例”は競合に真似されてしまうと競争優位性を失うのであまり表に出てきていないだけで、もともと小売はID-POSデータなどパーソナライズするためのデータは結構持っているので、使い方を工夫することで成功している企業はあります。

――なるほど。ターゲットの属性ごとに広告を出し分けるデジタルサイネージを見かけたことがありますが、実店舗におけるパーソナライズは進んでいるのでしょうか?

郡司氏:サイネージとパーソナライズの相性はあまり良くないと思っています。なぜなら、サイネージの最大の特徴は強制視認性だからです。たまたま通りかかった不特定多数の人に動画や音で強制的に情報を届けることができるメディアなので、パーソナライズする意味があまりないのではないでしょうか。むしろ、あえてパーソナライズするよりもできるだけ多くの来店客に知ってもらいたい情報を配信するほうが効果的だと思います。実店舗における販促活動をパーソナライズするなら、スマートフォンアプリと連動した施策のほうが効果は期待できますね。

小売のメディア化に必要なのは、広告主と店舗のマッチング

――スマートフォンといえば、最近はスタートアップ企業も含めて電子チラシサービスを提供する企業が出てきていますよね。

郡司氏:店舗にとっての電子チラシのメリットは、ユーザーが業態を横断して調べてくれるところです。買い物をしようと思った時に、スーパーやドラッグストア、ホームセンターなどのチラシを見比べてどこが安いのかを調べるので、小売側からすると業態を超えて買い物の候補に入ることができます。そこの候補に入るということが大切なポイントです。

電子チラシのプラットフォーマーで成功している企業もいくつかありますが、一方で最近は自社アプリで電子チラシを展開するケースも出てきていますよね。

いずれにしても費用対効果を見極めなければなりません。紙のチラシでも同じですが、特売チラシを出すと、チラシにかかるコストだけでなく、特売の内容に合わせて売り場のレイアウトを変えたり、POPを差し替えたりする手間が発生します。また、チラシを出した時だけスタッフを増員することは現実的に難しいので、最近は特売日を設けずに「EDLP(Every Day Low Price)」を戦略的に掲げている小売企業も増えていますよね。

――では今後、特売チラシはなくなっていくのでしょうか?

郡司氏:同業他社が特売チラシを出していると、自社だけ出さないという意思決定はなかなか難しいでしょうね。チラシの予算も前年度ベースで立てるので、いきなりゼロになることはないと思います。

それと、紙のチラシと比べて電子チラシは来店した側の数値を取得できるので効果をある程度測定することができますが、まだまだ紙に比べてユーザー数が少ないので、費用対効果が合わないケースも少なくありません。ただし、今後電子チラシの方がより多くの人にリーチする時代になったらまた変わってくるかもしれませんね。

――なるほど、費用対効果がシビアに問われているのですね。ちなみに、実店舗という場を有効活用して広告などをマネタイズすることはできるのでしょうか?

郡司氏:店舗のメディア化ですね。確かに、コンビニ等でレジ周辺にデジタルサイネージを設置して出稿企業から報酬を得る事例が出てきていますし、お店にサイネージを置いて広告収入を得るビジネスモデルは増えてきているように感じます。

その時に課題となるのが、出稿側が広告を出したい商品と、お店側が売りたい商品のマッチングです。例えば、PB商品を売りたいお店のオーナーにとって、その商品と競合する商品がサイネージ広告に出てしまうのは本望ではありません。広告主と店舗、双方のメリットが合致するような仕組みが作れると、店舗のメディア化はもっと発展するのではないかと思います。

小売×メタバースに可能性はあるのか?

――百貨店やアパレル企業がメタバース空間でのマーケティングや販売を展開し始めているようですが、小売のメタバース活用の可能性についてどのように捉えていますか。

郡司氏:オンラインゲームの世界でミュージシャンがライブを行い、大勢の観客のアバターが集まるなど、仮想空間の中に人が集い、リアルタイムで一緒に過ごすことは当たり前に受け入れられる時代になっていると思います。

一方、仮想空間への参加方法はVRグラスがよく話題になりますが、みんなが交流できるようにすることを考えると、実はスマートフォンやPCから参加できる方法の方が手軽ではないかと思うことはあります。確かにVRグラスを使用するとリアルから遮断されて完全に仮想空間だけに突入できる没入感を味わえますが、それが活躍できるのはあくまでもコンテンツ自体に魅力がある時です。

なので、メタバース空間で買い物をすることが新しい顧客体験につながるかというと、そこはやはりコンテンツ次第だと思います。なぜわざわざゲームの空間に人が集まるかというと、「フォートナイト」や「マインクラフト」といったコンテンツが面白いからですよね。

したがって、例えばブランドショップの仮想空間で、そのブランドのファンたちが集まってコミュニケーションを取ったり、新商品の3Dを閲覧したり、NFTで特別な権利を得るといった方向性は大いに可能性があるのではないでしょうか。

――一般的なスーパーやドラッグストアでのメタバース展開は難しそうでしょうか?

郡司氏:スーパーやドラッグストアの仮想空間に熱烈なファンたちのコミュニティが生まれるかというと、難しいところでしょうね。例えば、人気アニメとコラボして仮想空間の中で主人公が食べていたおにぎりやラーメンなどを販売するなど、優れたコンテンツを活用した施策は面白いかもしれません。
あとは、日本には優れたコンテンツが多くありますので、オリジナリティのある優れた仮想空間ができた時に、家賃のようにそこに出店する権利でマネタイズする世界観はあると思います。

――あくまでもコンテンツの魅力が重要で、そのコンテンツとのコラボレーション次第で小売×メタバースの可能性は広がるということですね。本日はありがとうございました!


【プロフィール】
郡司 昇(ぐんじ のぼる)
店舗のICT活用研究所 代表

ドラッグストア大手ココカラファインでEC事業会社社長として事業黒字化の後、全社マーケティング戦略を策定。マーケティングとECの責任者兼任。現職は小売業のデジタルトランスフォーメーションにおける小売業、ベンダー、顧客の三方良しを支援するコンサルタント。新著に『小売業の本質: 小売業5.0

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