月代かぐや

彼女がそう言うんだ、世界で二番目につまらない物語を

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彼女がそう言うんだ、世界で二番目につまらない物語を

最近の記事

いつか誰かが歌う詩#16

「ねえ――人類のために特別な力を持った女の子は、世界のために死ぬことを運命づけられている気がするの」 夏の、コンクリートから陽炎が立ち上る通学路。ふいに立ち止まった彼女がぼくの一歩後ろで、そう口にした。夏の暑さで頭がやられてたのかと思った。夏はこれからだというのに、今日から夏休みだというのに。 「君もそう思わないかな?」 さあ。とぼくは彼女の一歩先で首を傾げる。振り向くと、夏の陽光の眩しさと陽炎で彼女は霞んで見えた気がした。遠い夏の色が、そこにある気がした。 「ね、思

    • いつか誰かが歌う詩#15

      「わたしたち――同時に生まれず、それでいてきっと同時には死なない。お互いが持っている時間のズレのような……そんな世界の設計に、私はドラマを感じるの」 踏みしめた雪の色が鳴った。 ぼくはまた彼女が変なことを言い始めたと思った。 「だってそうじゃない。おじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんもお父さんも、飼っている犬も、みんな生まれてきた瞬間は違って、死ぬ瞬間も違うよ。誰かが誰かの死を見るの。見なくちゃいけないの」 それが嫌なの? と彼女へ聞くと、まあそれはもちろんそうね、と

      • いつか誰かが歌う詩#14

        「ねえ君は、朝と昼と夜と……どの私が好き?」 彼女は朝ごはんに焼肉を頬張りながらそう聞いた。 ぼくはトーストに、焼いたベーコンと目玉焼きを乗せて半分に折りたたんだものを口に運ぶ途中で手を止めて、なんだって? と聞き直した。 「だから、どの時間の私が好きか、聞いてるの」 焼けた肉とタレ。この世に嫌いな人はいないだろう焼肉の香りに包まれている彼女がはやく答えてよと、自分が今何をしているのか全く疑問にも思わない声でそう急かしてくる。 ぼくはやれやれと首をふってトーストをかじる

        • いつか誰かが歌う詩#13

          「五時の空気はもっとこう……夕暮れの味がしてたじゃない?」 会社をでて彼女がうーんと伸びをした。 伸ばした腕につられるように真白いブラウスがシワを寄せる。 夕暮れの味? とぼくは思わず横を向いて彼女に尋ねた。 「そ。少し前までは五時なんて夕方そのものだったのに、今はもうこの時間でも明るくなっちゃってる。五時っていう時間はもっと夕方であってほしいなって」 ふーん、それで夕暮れの味ね。 たしかに太陽はまだ高くて、地平線に沈んでいくにはまだ幾分かの時間があるよう思える。 い

        いつか誰かが歌う詩#16

          いつか誰かが歌う詩#12

          「ねえ、もしもわたしが自らの命を殺めることを素晴らしく賞賛する小説を書いたら……君はそうする?」 片手で世界を握りつぶすような物騒なことを、なんてことない微笑みと共に彼女は囁いた。 「どうよ?」 ずいっと、たばこ一本分の距離を、彼女は顔をぼくに近づける。 どうよと言われても……ぼくは彼女がまた馬鹿なことを言いだしたとしか思わなかった。 「君はきっと死んじゃうよ。ね?」 なんの自信となんの根拠と、なんの想いがあって彼女はこう口をつくのだろう。別に向ける必要のない視線を

          いつか誰かが歌う詩#12

          いつか誰かが歌う詩#11

          「ふむ、読書は良い。良いものだ」 彼女は眼鏡をくいとあげながら微笑んだ。 レンズの向こうで僅かに目を細める仕草に、ぼくはふーんと頷いた。 台所の蛇口から一粒、水滴がシンクに落ちる音がした。 夏を纏いはじめた世界の僅かな涼けさを求めるように、半開きにした窓からは小さな風と、どこか遠くで人が生きる音が聞こえてくる。 「君もたまには読書をしたらいい」 なんて彼女は、本から顔はあげずにそう言う。 今はいいよ、と言うと彼女は「もったいないな」といってページをめくった。 「うむ

          いつか誰かが歌う詩#11

          いつか誰かが歌う詩#10

          「ねえ、君はどの季節に死にたい?」 ここに吹く風と、そして流れる時間と、それらと同じ速さで彼女は言葉を世界に囁いた。 ぼくは彼女をちらと横目でみると、彼女も視線だけをぼくに向け笑っている。 からかっているような、真剣なような。それはぼくには分からないけれど。 「考えたこと、ある?」 彼女は視線を前に戻して、独り言のようにつぶやく。ぼくも視線を戻してため息を一つはいた。 考えたことはないよ、というと彼女は「もったいないなあ」と笑った。 「君の誕生日はいつ?」 七月だよ

          いつか誰かが歌う詩#10

          いつか誰かが歌う詩#9

          「相変わらず、君の家の冷蔵庫の色は変わらないねえ」 この家の住人でもなんでもない彼女が、ぼくより先に扉を開けて家に入る。ぼくが玄関で靴を脱いでいる間に、彼女はあっという間に台所へ移動して冷蔵庫を開けていた。 「ねえねえ、カルピスちょうだい」 そう言いながら彼女はぼくの了承を聞く前にカルピスを冷蔵庫から取り出して、グラスをふたつ用意していた。 良いって言ってないんだけど。後からぼくがやれやれと台所へ顔をだすと、彼女は、まあまあと言って笑った。 リビングの机にグラスがふた

          いつか誰かが歌う詩#9

          いつか誰かが歌う詩#8

          「あーっ、もう!」 彼女がくしゃくしゃと丸めた紙をぽいっと真上に投げた。 彼女の後ろでそれを眺めていたぼくは、放り投げられた紙の行く末を目で追って、 「あたっ」 彼女の頭の上に当たるところまでそれを見守ってから、ぼくはまた読みかけの漫画へ目を落とす。 毎度似たような、いや……ほとんど同じ光景なのだからぼくは何も言わないでおくと、 「ねえ」 彼女は回転する椅子をくるりと回転させて、ぼくの方へ向く。 ぼくは、んー? と、今読んでいる漫画が面白くて彼女に構う気はないので

          いつか誰かが歌う詩#8

          いつか誰かが歌う詩#7

          世界が叫ぶような、ひゅおお……という突風が吹いて彼女の白い髪を揺らす。髪がなびくカシャカシャとした音が、紛れもなくぼくとは違う生物だということを認識させた。 「おい、死ぬ覚悟はできているか」 彼女はいつもそう言う。自らの身長よりも長い、彼女には大きすぎる銃を構え、いつも通りそうぼくに尋ねる。 できていないよ、と答えると彼女は露骨に顔をしかめて大きなため息を吐く。彼女が僅かに震わす空気の波が、灰色のセカイのずっとずっと奥に溶け込んでいくのをぼくは眺めた。 「27秒後、迎撃

          いつか誰かが歌う詩#7

          明けたのでおめでとうございます

          ■新しき 年の初めに 豊の年 しるすとならし 雪の降れるは                          葛井諸会 //—— あーあー……聞こえてる? 敬愛するみなさま お元気ですか? めんどうな事に、ボクは元気です。 とまあ、唐突に始めてみたブログのような日記のような、ただ適当に文章をつらつらと書くだけのような……そんなものの最初の文章を安直にも縦読みで"あけおめ"とやってみたわけなのだけれど、無理やり感が半端じゃない。 あ、そうでした改めまして、あけましておめでと

          明けたのでおめでとうございます

          いつか誰かが歌う詩#6

          「あ、夏祭りの匂い」 雑踏の中に彼女の声が鳴る。駅のホームに着くとそういって鼻を小さくすんすんとさせた。わざわざ立ち止まるものだから後からきた人に背中をぶつけられる。 「おっと」 彼女はすみませんと謝ってぼくに振り返り、てへへと笑った。彼女はよく照れ隠しでそう笑う。笑ったまま彼女はホームにおかれたベンチを指さした。 そうして自分が先に座った。 「はいはい、早くきなよ」 手招いている。電車を降りたというのにベンチに座る彼女を他の乗客が不思議そうに見ていく。流れていく人

          いつか誰かが歌う詩#6

          いつか誰かが歌う詩#5

          「この世界の音、聴いたことある?」 彼女は歩きながら目をそっと閉じる。耳を澄ませているようだ。 ぼくは、ないかなと答えると彼女は、 「聴いてごらんよ」 とぼくの服の裾を引っ張る。 ぼくも彼女の真似をして目を閉じた。目を閉じると気にならなかった音がよく聞こえてくる。 遠くで走る電車のジョイント音や、サイレンの音。 木々を揺らす初夏の風と、石ころを蹴飛ばす音。 世界は音に満ちあふれていて、どれも面白かった。 「どう、聞こえた?世界の音」 しかし彼女の言う世界の音というの

          いつか誰かが歌う詩#5

          いつか誰かが歌う詩#4

          「君はどんな匂いをかぎたい?」 彼女がそう言う。匂いって?とぼくが聞く。彼女の話の突拍子のなさには毎度毎度、困惑する。 「ごめんごめん。ほら、今味噌汁の匂い、するでしょう?」 ぼくは鼻をすんすんとすると確かに味噌汁の匂いがする。まばらに建つどこかの家からする香りだ。 「君は、帰り道にどんな匂いがしたら嬉しい?」 なるほど、質問の意図はこういうことか。 しかし面白い質問なので少し考えてみる。ぼくは魚が好きなので焼き魚かな、と言うと彼女は「いいね」と笑った。 「そうい

          いつか誰かが歌う詩#4

          いつか誰かが歌う詩#3

          「41回。さて、なんの数字でしょう」 前を歩く彼女がそう質問する。 41回。ピンとこない。彼女が、二重飛びができる回数だろうか、リフティングができる回数だろうか。そうだとしても、なぜ突然彼女がそんなことを聞いているのかは分かりようがない。 ぼくは降参だと、心の中で手をあげた。 「正解は、あとこうして君と一緒に帰れる回数です」 彼女が少し悲しそうに、けれど笑ってそう答える。 そうやってすぐ正解を言ってくれるところも、こうしてわざわざ数えちゃっているところも、ぼくが彼女を好

          いつか誰かが歌う詩#3

          いつか誰かが歌う詩#2

          「あっちの空とあっちの空、どっちが平和だと思う?」 夕方の帰り道、ぼくの少し前を歩く彼女がそう言った。 ぼくはあっちと指をさした。これから月がでようとする東の空。 彼女は「ふーん」と肩を揺らす。 「わたしはあっち」 彼女が指をさしたのは夕陽が暮れようとする西の空。 どうして?と聞くと彼女は「なんとなく」と答えた。 意味が分からないと言うと、彼女は「それがいいじゃない」と答えた。 「平和って、なんだろうねえ」 彼女が蹴った小石がコツコツと跳ねて転がっていく。小さな動作

          いつか誰かが歌う詩#2