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いつか誰かが歌う詩#6

「あ、夏祭りの匂い」

雑踏の中に彼女の声が鳴る。駅のホームに着くとそういって鼻を小さくすんすんとさせた。わざわざ立ち止まるものだから後からきた人に背中をぶつけられる。

「おっと」

彼女はすみませんと謝ってぼくに振り返り、てへへと笑った。彼女はよく照れ隠しでそう笑う。笑ったまま彼女はホームにおかれたベンチを指さした。
そうして自分が先に座った。

「はいはい、早くきなよ」

手招いている。電車を降りたというのにベンチに座る彼女を他の乗客が不思議そうに見ていく。流れていく人の波の隙間から見える彼女は綺麗に思えた。
彼女の隣に座って、どうしてここに座ったのと聞いた。すると彼女は

「よくぞ聞いてくれた」

と笑う。これは照れ隠しの笑みじゃなくて、本当に心の底から笑っている時の顔だ。はやく教えてよとぼくは言う。こんな彼女からは想像もつかないけれど、具合でも悪かったら連れまわすわけにはいかないから。

「仕方ない、教えてあげよう」

そういってまた笑う。

「電車を降りて、人の波に流れながら花火会場へ……なんてつまらないでしょ?」

つまらないかつまらなくないか、と言われればどっちでもよかったけれど、一応なんとなく、たしかにつまらないかもねと答えておいた。

「人と同じことをしてもつまんない。だから、わたしはここで立ち止まってみるの。そうしたら、君はこの女は一体何をしてるんだって疑問に思う。変な女がこの世にはいたもんだって思う。でしょ?」

そうかもね。

「よかった。そうしたら君はわたしを忘れないよ。忘れても、思い出すよ」

なにそれとぼくが言う前に彼女は、

「どう?わたし特製のとっておきの呪いは」

そういって笑った。すごく効いてるとぼくは答えた。

「よし、それじゃあ花火を見にいこう」

立ち上がる。髪がなびく。彼女の香りが光る。
もういい場所はなさそうだけど。ぼくがそう言うと彼女は、

「どこでじゃなくて、誰と見たか。でしょ?」

パシッとぼくの手をとった。その手はあたたかった。

…………
……

「どうしたの?ベンチなんか見つめちゃって」

思わず見つめてしまっていたベンチから目を逸らす。

「なになに、元カノのことでも考えていたの?」

違うよと慌てて誤魔化した。

「じゃあ早く行くよ!いい場所なくなるし」

そうしてぼくの腕をとって絡める。女の子の柔らかさを感じる。
人の流れの中に入って、同じような格好で同じ道を同じ場所へ……。
なるほど、たしかにつまらないかも。ぼくはそう思った。
呪いは効いている。今も、ぼくの、心の中にはっきりと。

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