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いつか誰かが歌う詩#7

世界が叫ぶような、ひゅおお……という突風が吹いて彼女の白い髪を揺らす。髪がなびくカシャカシャとした音が、紛れもなくぼくとは違う生物だということを認識させた。

「おい、死ぬ覚悟はできているか」

彼女はいつもそう言う。自らの身長よりも長い、彼女には大きすぎる銃を構え、いつも通りそうぼくに尋ねる。
できていないよ、と答えると彼女は露骨に顔をしかめて大きなため息を吐く。彼女が僅かに震わす空気の波が、灰色のセカイのずっとずっと奥に溶け込んでいくのをぼくは眺めた。

「27秒後、迎撃する」

静かに呟く彼女がそっとスコープを覗いた。その先に映っているのはなんだろう。ぼくには到底見ることはできないけれど、手を伸ばせば触れられる彼女の顔はよくみえる。ぎゅっと握りつぶすように閉じた片目、かみ殺すようにふさぐ口。そんなものをぼくは見たくなくて、シャランとなる彼女の髪を撫でる。

「なっ――おまえ!」

銃口を向けられるより恐ろしい視線をぼくに向ける。しかし標的は迫っているから彼女は小さく毒づいてまたスコープに視線を落とした。
だからぼくはまた彼女の髪を撫でる。ツヤツヤして冷たい彼女の白い髪を。
死ぬ覚悟、できないよ。
ぼくがそう言うと、

「……そんなものは、知っている。昔から」

最後の言葉は、巨大すぎる銃声によってかき消された。セカイに亀裂を刻む音波が空気を破壊してぼくの耳に届く。遅れてずっとずっと遠くで何かが破裂する音がやわらかに聞こえた。
お疲れ様。
彼女は何も言わなかった。だからもう一度髪を撫でてみたら、やっぱり彼女は何も言わなかった。

「弱いお前に、できることはそれくらいか」

ようやく口を開いた彼女が言う。
そうかもね。
ぼくには何もできない。その巨大すぎる銃を撃つことはおろか持つことさえできない。

「おまえ、どうしてこんな毒吐き女と一緒にいる」

彼女が銃を背負う。頭の後ろから長い銃口が飛び出た。
毒を持っていることが、必ずしも悪いことではない。

「毒は毒だ」

でも、その毒は自分を守るためにあるでしょ?

「さあな、知らない。そういう難しいことは人間が考えろ。わたしに、そんな思考回路は存在しない」

じゃあ考えておくよ。そして答えを見つけておく。そしてこの戦いが終わったら、その答えを教えてあげるよ。

「その答えは、聞くことはなさそうだな」

どうだろうね。

「ふんッ――」

アスファルトをガリッと削る足音。彼女が歩き出す。
また、彼女の白い、金属の髪がなびいてシャランと音を鳴らす。
この音が好きだ。

「わたしは嫌いだ」

ぼくはいつまで聞いていたいよ。

「それは無理だろう」

無理じゃない。自分を守れる人は、誰かを守れる。

「わたしは、人ではない」

そう。じゃあ自分を守れる君は、ぼくを守れる。

「……当然だ」

よし、次のポイントへいこう。敵は多い。

「了解」

凛と響く彼女の声。これもまたぼくが好きな音。
ぼくらは歩く。
ぼくらは生きる。
ぼくらは生き続ける。
ぼくらは歩き続ける。

ぼくが彼女を殺すために。
彼女がぼくを殺すために。

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