いつか誰かが歌う詩#16
「ねえ――人類のために特別な力を持った女の子は、世界のために死ぬことを運命づけられている気がするの」
夏の、コンクリートから陽炎が立ち上る通学路。ふいに立ち止まった彼女がぼくの一歩後ろで、そう口にした。夏の暑さで頭がやられてたのかと思った。夏はこれからだというのに、今日から夏休みだというのに。
「君もそう思わないかな?」
さあ。とぼくは彼女の一歩先で首を傾げる。振り向くと、夏の陽光の眩しさと陽炎で彼女は霞んで見えた気がした。遠い夏の色が、そこにある気がした。
「ね、思うでしょ」
彼女がぼくの横に再び立って歩き始める。長い髪をゆっくり揺らして、空の向こうの大きな雲を眺めていた。なんだか彼女は言葉を待っているような気がして、ぼくは彼女に、君は何か特別な力でも持ってたりするの、と聞いてみる。
「ふふん」
彼女は待ってましたといわんばかりの顔をして、夏の空気を吸い込んで笑った。
「さくらんぼのヘタを口の中で結べる」
それだけ?
「そ、それだけだよ。安心した?」
安心?
「うん。だって私が特別な力を持っていたら世界のために死ぬことになるからね。そうしたら君は寂しいでしょう?」
さあ、あんまり想像が出来なくて特に何も思わないかな。もしも本当にその時がきたら、考えてみるとするよ。
「つれないなあ、君は。そんなんじゃ読書感想文で苦労するね。今から想像できるよ、わたしは」
余計なお世話だよと少しだけ歩幅を広げる。
「手伝ってあげるって」
なんて彼女は笑って、ぼくの肩に自分の肩をコツンとあてた。
「でもさ……」
…………。ん?
「ううん、何でもないよ」
そこまで言われたら気になるんだけど。
「気になるの?」
そりゃもちろん。
「そうなんだ。ふふ、なんでもない。なんでもないけど、なんでもないんだけど……ね。特別な力を持ってても持ってなくても、世界もなんでもいいけれど、ただ寂しいなって」
それは……死ぬことがって、話?
「うーん、どうだろうなあ。違うかな」
よくわからないよ。君の考えていることはよくわからない。
彼女は寂しい笑顔を浮かべながらグッと腕を上へ伸ばす。気づかなかった、いつのまにか成長していたらしい彼女のその膨らみに、ぼくは思わず視線を奪われて、
「ん?」
という彼女を無視した。
「あーあ、夏休み、きてほしくないな」
今どき珍しいよ。夏休みがきてほしくない子供なんか。
「わたし、子供じゃないからね……ってなんで黙るのさ。まあいいや、ねえ君は夏休みの予定は?」
特にないけど……。
「そっか、わたしはあるよ」
だからなんだというのだろう。
「連絡してあげるよ、特別な力で」
普通に携帯でいいのに。
「わたし、君の連絡先持ってないもの」
じゃあ、渡すよ。
ぼくらは、車通りのない寂しげな通学路のど真ん中で連絡先を交換した。なぜだか分からないけれど、この夏はなんか、なんかいい感じになりそうな、そういう漠然とした高揚感があった。
「それじゃあね」
彼女は手を振って駆けていく。夏の中に消えていくような寂しい背中だった。
ぼくはもう一生、彼女には会えない――そう思った。
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