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いつか誰かが歌う詩#3

「41回。さて、なんの数字でしょう」

前を歩く彼女がそう質問する。
41回。ピンとこない。彼女が、二重飛びができる回数だろうか、リフティングができる回数だろうか。そうだとしても、なぜ突然彼女がそんなことを聞いているのかは分かりようがない。
ぼくは降参だと、心の中で手をあげた。

「正解は、あとこうして君と一緒に帰れる回数です」

彼女が少し悲しそうに、けれど笑ってそう答える。
そうやってすぐ正解を言ってくれるところも、こうしてわざわざ数えちゃっているところも、ぼくが彼女を好きな理由の一つでもある。

「多いと思う?少ないと思う?」

そんなの、少ないに決まっている。
41回。一か月と少しだろうか。そうしたらぼくらは卒業だ。
この制服を着て、この道を歩けるのも――あと少し。

「こういう時ってさ、夕陽に走ってみたりするじゃない?どう、やってみようよ」

ふと彼女の目線が横へ逸れる。
夕陽だ。水平線に沈もうとしている。ここは山の上にある学校だから、帰り道はこうして夕陽が綺麗に見える。
彼女の言うこういう時とはよく分からないけれど、どうやら彼女は走りたいらしい。長袖の制服の裾をわざわざまくって、よいしょと鞄を肩にかけなおす。

「合図をしたら、君も一緒に走ってね」
「よい、どーん」

準備も待たずに彼女は走りだした。
ぐんぐんと遠ざかっていく。
彼女の背中が小さくなっていく。
そして——彼女の隣を歩いていた男子生徒が「待てって」と追いかけていく。

「おそい、おそーい。そんなに遅いと、世界に追いつかれちゃうよ」

彼女はぼくのずっとずっと先で振り返って手を振った。
届かない場所にあった彼女がついぞ見えなくなって、ぼくはその場に立ち尽くす。
乾いた息が音もなくもれていく。
止まってしまった足をもう一度動かす。重い。それに苦しい。地面に足裏をつける度に体力を吸われているような、そんな感じ。

――世界に追いつかれちゃうよ。

彼女の声が頭の中でリフレインした。あの男子生徒には意味は分かっていなかったようだ。でもぼくは分かっていた。
そういうことを言っちゃう彼女が、ぼくはやっぱりどうしようもなく。
好きなんだと思う。

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