いつか誰かが歌う詩#15
「わたしたち――同時に生まれず、それでいてきっと同時には死なない。お互いが持っている時間のズレのような……そんな世界の設計に、私はドラマを感じるの」
踏みしめた雪の色が鳴った。
ぼくはまた彼女が変なことを言い始めたと思った。
「だってそうじゃない。おじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんもお父さんも、飼っている犬も、みんな生まれてきた瞬間は違って、死ぬ瞬間も違うよ。誰かが誰かの死を見るの。見なくちゃいけないの」
それが嫌なの? と彼女へ聞くと、まあそれはもちろんそうね、と積もった雪を豪快に蹴り飛ばした。雪の破片が薄暗い街灯の光を吸い込んでいった。
「でもそういうズレの連続でわたしたち生きてきたんだなあと思ったら、なんか感動しちゃって」
人類の偉大さに気づいたてきな?
「そうかもね、そうだと思うよ」
それはまた、変なタイミングで。
「変じゃないよ、冬はそういう季節だよ」
彼女は傘を閉じた。ゆっくりと沈むように降る雪が、ひとひら、またひとひらと彼女の黒髪に白銀を落としていく。
そんな雪を彼女は指でなぞって、「冷たい」と声をだした。
ぼくは隣を歩く彼女を見て、いつか彼女は死ぬだということを思った。それと同時に、ぼくもまたいつか死ぬということを感じた。
途端、気持ち悪くなった。
「どうしたの?」
彼女が振り向く。ぼくはなんでもないと言った。
今歩いているこの感覚が、死んだらなくなるのかとそんなことを思い、足取りが重くなった。
ぼくは考えることをやめた。
雪が、マフラーと首の僅かな隙間に入り込んで冷たくて、思わず「冷たい」と声を震わせていた。
「ふふ、雪だもの、ね」
彼女はなぜか楽しそうにぼくを見て笑っていた。
なんとなく、彼女のいう冬はそういう季節、という言葉の意味が分かる気がした。
だからぼくは、人類ってすごいな、と思わずつぶやく。
「ね、すごいよね。でも神様はきっとロクな人じゃないよ」
神様って人なの?
「それは知らないけど……みんな一緒に生まれて、一緒に死んじゃえばいいのに」
物騒なことをいう彼女だ。
ぼくは彼女から少し距離をとってみせた。
「あ、逃げないでよ」
やだよ逃げるよ。そこだけ切り取ったらやばいやつだよ。
「やばくないよ、あれだよあれ。この季節が私をそうさせてるのよ」
そんな便利な言葉じゃないと思うんだけどな。
「でも君も意味は分かるでしょ?」
わかりたくないけどね。
彼女は「ほら~」と笑って手を擦り合わせる。さすさすという乾いた音は空気の先っぽまで響くような音だなと思った。
「もしもわたしたち――、一緒に死ねたらいいね」
彼女はぼくの半歩先を歩いて雪を蹴り上げる。
ぼくら二人の前だけに、風花が寂しく舞った。
「さ、帰ろ」
帰ってる途中だけどね、なんて無駄なツッコミはやめてぼくは問う。
春になれば君はなんていうの、と。
すると彼女は――
「さあどうだろう、春のわたしに聞いてみないと」
どうせ変わらず変なことを言うに決まってるか。
「ふふ、それもどうだろうね。でも君はきっとわたしが言う事を納得してくれるよ、春ってそういう季節だから、っていう言葉でね」
なるほど、そうかもしれないね。
「そうだよ。その時は……今度はサクラの花びらを蹴り上げてみせるよ」
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