20240620 イラストエッセイ「読まずに死ねない本」 0010 北杜夫「どくとるマンボウ青春記」
北杜夫さんはかつて、一世を風靡した作家です。
1970年代、どこの本屋さんに行っても、並んでいるのは北杜夫さんと遠藤周作さんの本という時期がありました。(あと森村誠一さんも)
ぼくは北杜夫さんの「どくとるマンボウ」シリーズが大好きで、エッセイという分野を始めて知ったのもこのシリーズでした。
北杜夫さんは歌人、斎藤茂吉の御子息です。旧制松本高校を卒業後、医学部に進学し、船医として世界を巡った時のエピソードをユーモアたっぷりに描いたのが「どくとるマンボウ航海記」。これがベストセラーになって一躍売れっ子の作家になりました。たくさんの著作がありますが、航海記と、続く「どくとるマンボウ昆虫記」は日本のエッセイ、随筆文学の古典として残ると思います。
遠藤周作さんの狐狸庵先生ものも、ユーモアエッセイで大人気でしたが、狐狸庵先生のユーモアは確信犯的、技巧的なも。他方、北杜夫さんのものはとぼけた、たくまざる、にじみ出るようなものでした。
さて、「どくとるマンボウ青春記」。
これは北杜夫さんの旧制高校時代を描いた青春自叙伝です。
旧制高校をご存知ですか?
ボロボロの学帽とマント、そして朴歯の下駄を履いて「デカンショ節」を歌いながら、哲学を論ずる。今でも地方の高校の応援団に、そのバンカラな服装が残っています。
寮も汚くて、ありとあらゆる蛮行、奇行に命をかける奇人変人の巣窟、作家の辻邦夫さんもその中におられたのですが、辻さんは壁を駆け上ることに命をかけていたといいます。
そういうハチャメチャなエネルギーの爆発と同時に、哲学書を読み、人生を語り合い、詩作と感傷にふける。
これぞ青春という一時代の元型が描かれています。
面白いのは、こんな狂ったような時代を経て、旧制高校生たちは国をリードするエリートになっていったんです。
戦後、新しい学制になると、多くの旧制高校は国立大学になりました。旧制松本高校は現在の信州大学です。
ぼくはこれに憧れてね。大学に入ったら絶対寮生活をしようと思いました。そして実際、4年間大学の学生寮で暮らしたのですが、まさに思い描いたような寮生活を送ることができました。1980年当時には、まだその伝統が一部の寮に残っていたんです。たまたまそのような寮に入れたことを幸運に思っています。
寮生活の神髄は、「みんな同じような人間になって、同じことをするのでも、個性的な人間になって孤立するのでもなく、個性的な人間が一緒に何かをするのが楽しい」ということだと思います。そして多様性と寛容、自主性を身に着けて行く。個と集団のバランスのとり方が分かるようになる。ちゃんとした大人は内側に孤独を持っている。しかしその人は決して孤立しない。そういうことです。
学生時代は学びも大切ですが、あらゆる常識を打ち破り、馬鹿なことを思い切りやり、たくさんの失敗を重ねながら人格を形成することが何より大切と思います。そういう中で己の価値観を覆されるような本物と出会ってゆく。
そして社会も、こういう学生たちに寛容でした。今なら通報されてしまうようなことも許容していた。金がなくても飲ませてくれる飲み屋のおやじさんたちがいた。それは、若者が育つには何が必要なのか、社会も理解していたんだと思います。
時代は変わっても、若者の特権は冒険と挑戦だと思います。冒険とは危険を冒すといういみですよね。成功した人はたくさんの冒険、挑戦をした人です。そしてたくさんの挑戦をした人はたくさんの失敗をした人なんです。自分を小さな枠に閉じ込めない。これが若者にとって一番大切なことだと思います。
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