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鳥たちのさがしもの

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dekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得た物語。鳥の名前を持つ五人の少年が出てきます。
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鳥たちのさがしもの 21.5『孔雀のわすれもの』

-孔雀のわすれもの・失われた時間-  一色がわすれものを取りに体育館へ戻ると、蘇芳孔雀がボールを触っていた。今日は朝から彼らの卒業式があったため、この体育館にも紅白の垂れ幕が下がり、パイプ椅子が並んでいた。先ほどようやく一色ら若手の教員がそれらを撤去し、通常の装いを取り戻したところだった。  多くの卒業生は証書を受理し、午前中のうちに学校を後にしていた。未練がましく居座っている者もいるが、昼食時を迎えた今、そうした連中もじきにいなくなるだろう。そんな中、他でもない蘇芳孔雀が

はじめての自分語り-『鳥たちのさがしもの』あとがきに代えて

※物語そのもののネタバレは含みませんので未読の方もお読みいただけます。 はじめに 昨日、鳥たちのさがしもの第26話エピローグを公開した。最初から最後まで読んでくださった方、何話かを読んでくださった方、扉絵を覗いてくださった方、皆様に心から感謝。  この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』1話から50話までを元に、私が好き勝手に空想を広げて構築した物語である。素敵な物語の欠片を紡いでくださり、私の気がおもむくままに書くことを許してくださったdekoさんには、感謝という言葉

鳥たちのさがしもの 26 エピローグ

ー僕たちはさがしものを見つけたー **********  厚木で行われた弓道大会の後、鎌倉まで足を延ばして約一年半ぶりに五人で秘密基地へやってきた。雲雀の引退試合だった。主将は後輩に引き継ぎ、これから受験勉強が始まる。先日、孔雀もバスケ部を引退したばかりだった。そんな中、斑鳩は相変わらず軽音部を続けている。  イーグルの墓に手を合わせ、海が見渡せる岩場に腰を下ろすと、雲雀は真っ先に口を開いた。 「俺さ、獣医になろうと思うんだ。だから、大学は外へ出るよ」 「H大目指すの?」

鳥たちのさがしもの 25

**********  鶴岡八幡宮の境内からは海沿いの国道134号線を見下ろすことができる。そこへ真っ直ぐに続く若宮大路。その先の海は凪いでいた。金木犀の香りが緩やかな風に乗って流れていく。すっかり秋だ。  本宮にお参りを終えて急な階段を降りると、舞殿で結婚式をやっていた。それを見てクリスが声を上げる。 「ワオ。ラッキーだね。一度見てみたかったんだ。そうだヨタカ、俺は来月結婚するんだよ」 「クリスにフィアンセが居るなんて初耳だ」 「ずっと友達だったんだけど、少し前にプロポー

鳥たちのさがしもの 24

ー僕はまだ、さがしものをしていたー **********  目の前にはビルの群れ。校舎の最上階のテラスだというのに、空は限りなく狭かった。それでも雲雀は学校の中でこの場所が一番好きだ。  夏休みの後半は予想通り部活に明け暮れた。しかし、どうにも集中できず、成果は芳しくなかった。秋の大会に推してくれた先輩にも心配されたが自分でもどうしようもない。  あっという間に夏は終わってしまった。 「雲雀。やっぱりここに居た。みんな待ってるよ。帰ろう?」  振り返らなくても燕の声だと分

鳥たちのさがしもの 23

**********  受験勉強に飽きた深夜、コンビニまで行くの道の途中で見たオリオン座の三つ星を思い出す。あんなに頑張って勉強したのは、この四人に再会するためだったのだ。未だ戻らない記憶。しかし雲雀は妙に納得していた。ただただ流れていった中学校三年間の時間の中で、唯一必死で頑張ったもの。  五人は夜の海に来ていた。オリオン座の三つ星の代わりに、今は夏の大三角形が輝いている。 「あれが、アルタイル、あっちがデネブ、最後がベガだよ」  燕が指差しながら説明し、斑鳩がふうん、と

鳥たちのさがしもの 22

********** -夜鷹のさがしもの・失われた時間- 「ヨタカ、何してるんだ?」  クリスに声を掛けられて夜鷹は手に持っていたアルバムを閉じた。クリスの視線がそのアルバムに止まる。 「ああ、またグランパの写真か」 「Yes.」  人が増えたからか、息苦しさを感じて窓を開けるために席を立った。クリスはそんな夜鷹を面白そうに眺めて話を続ける。 「学校はどう?」 「悪くない」 「たまにはここに来ないで友達と遊んでもいいんだよ」 「どうやって? 車じゃないと移動できないじゃな

鳥たちのさがしもの 21

********** -孔雀のさがしもの・失われた時間-  最後の夏の大会も終わり、そろそろ勉強に本腰を入れなければならないことは分かっていたが、孔雀を容赦ない睡魔が襲う。  午後の数学の授業。謎の外来種の記号が黒板で蠢いている。きっとあれが教室に眠気をばらまいているに違いない。  どうでもいいような妄想をしていたら、ふとプールサイドの猫が目に入った。生い茂る緑の合間をちらちらと獲物を物色して動いている。  思わず、ノートを閉じて午睡をしようと思っていた手が止まった。  

鳥たちのさがしもの 20

********** -雲雀のさがしもの・失われた時間-  春。校門前の桜並木を風が揺らし、花びらが舞っていた。裾のだぶつく真新しい制服が目に付き、去年の自分を思い出す。  とは言っても、昨年の春の記憶は曖昧だ。気がついたら自分はこの桜並木を両親と一緒に歩いていた。自分が既に中学生だということに、酷く違和感を感じた。  小学校時代、自分は何をしていたのだろう。記憶のない不安を抱えたまましばらくぼんやりと過ごした。  幸い、他の学区から”転校”してきた雲雀に、同級生は親切だ

鳥たちのさがしもの 19

 ********** -燕のさがしもの・失われた時間-  燕は今日も図書館に居た。  読んでいた本から顔を上げ、午後の陽の射し込む窓辺の席から外を眺める。落ち葉が木枯らしに舞っていた。  高いヒールの音が響いて振り返ると、知らない女の人の後ろ姿がスチール棚の奥に消えて行った。棚に並んだ色褪せた背表紙の群れ。そこにはまだまだ未知の世界が広がっていた。  学校の図書室に居るとやたらと声を掛けられるので、最近は学校帰りにこの図書館に寄ることにしていた。  無意識に心理学や脳科

鳥たちのさがしもの 18

********** -斑鳩のさがしもの・失われた時間-  中学に入っても相変わらず兄の後を追ってばかりいる自分を情けなく思いながらも、斑鳩はそれを変える術を持たなかった。  特に、曖昧な記憶を背負った心細さを紛らわすためには、何か確かなものに寄りかかっているしかなかったのだ。  永遠に見つからない探し物をしている気分だった。  そんな斑鳩に大学生の兄は、気晴らしに新しいスニーカーでも買って来いよと言って小遣いをくれた。ご丁寧におすすめの店まで教えてくれる。そして斑鳩は兄

鳥たちのさがしもの 17

 夜鷹が話し終えると、雑木林に重い沈黙が降りてきた。先程まで聴こえていた筈の蝉の声さえ聴こえない。世界中から音が無くなってしまったようだった。  当然ながら話を聞いたからといって記憶が戻ったわけではなかった。しかしそれは全くの他人事にも思えなかった。そうだったのか。素直にそう思った。そんなことを経験したならば、確かに忘れてしまいたくなったかもしれない。  イーグルという猫の存在が心に引っかかる。それでもそれは、夜鷹にしたのと同じようには雲雀の記憶を引き戻してはくれなかった。

鳥たちのさがしもの 16

********** -夜鷹のさがしもの・冬-  いよいよだな。  ここ数日、ずっと機会を伺っていた。ようやく計画実行できそうな日の朝、夜鷹は念のため鷲宮神社を訪れていた。万が一特別な行事があって、いつもと神社のスケジュールが違ったりしてはいけないと思ったからだ。  本殿の様子を見てどうやらその心配はなさそうだと分かり、安心して本殿脇の階段を上る。雑木林の小道を歩き始めると、落ち葉の道に午前中の柔らかい陽射しが降り注いでいた。  小さな池の端で煙草を加えながら釣り糸を垂れ

鳥たちのさがしもの 15

********** -孔雀のさがしもの・冬-  小学校最後の試合を勝利で飾っても、孔雀はそれを心から喜ぶことができなかった。  皆が帰った後、校庭のバスケットゴールの支柱にもたれて空を見上げると、リング越しに以前も見かけた大きめの鳥の影が目に入った。忘れられたバスケットボールがひとつ転がっている。孔雀は立ち上がってそれを拾い上げた。  幻の対戦相手は大人たちの影だった。夜鷹の両親、自分の両親……燕の私立進学を決めた両親だって敵だ。雲雀のことを信じなかった親も、斑鳩の思い