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はじめての自分語り-『鳥たちのさがしもの』あとがきに代えて

※物語そのもののネタバレは含みませんので未読の方もお読みいただけます。

はじめに

 昨日、鳥たちのさがしもの第26話エピローグを公開した。最初から最後まで読んでくださった方、何話かを読んでくださった方、扉絵を覗いてくださった方、皆様に心から感謝。
 この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』1話から50話までを元に、私が好き勝手に空想を広げて構築した物語である。素敵な物語の欠片を紡いでくださり、私の気がおもむくままに書くことを許してくださったdekoさんには、感謝という言葉では足りないくらい感謝している。改めて有難うございました。
 普段は自分が創り出した世界観の中で物語を紡いでいる私なのだけれど、この物語は私の思い入れのある実在の場所を使ったので、珍しい自分語りと共に、少しだけご紹介したいと思う。よろしければお付き合いいただきたい。
 私は自分語りが苦手だ。作品だけをそっと置いておいて、必要な人に見てもらえたら十分。私の感じたすべては、間接的にではあるけれども作品に反映されているから。だから多分今後もあまり語らないのではないだろうか。(いたたまれなくなったらこれも下書きに戻すかも)

鎌倉

 何と言っても主な舞台となる鎌倉は、私にとってとても思い入れのある場所である。
 父の仕事で転勤族だった私は、中学生になるタイミングで神奈川県に引っ越してきた。それ以来、鎌倉にある鶴岡八幡宮は家族で初詣をする場所になった。そして私が15歳の時に他界した父と最後に訪れた場所も鎌倉。
 その時すでに体調の悪かった父は、初詣のついでに鶴岡八幡宮で厄落としをしたが、その甲斐なくその夏に享年42歳で亡くった。それなりに歳を重ねた今、若かったのだなあと思う。
 それ以来、鎌倉を家族で訪れることは無くなった。その代わり私は、ひとりで、あるいは友達と、恋人と、度々鎌倉を訪れた。家族の思い出を追いかけたわけではなく、純粋に土地として大好きだったからだ。
 結婚式も鶴岡八幡宮で挙げた。ラストの方で出てくる舞殿での結婚式。多分色々な意味で衝撃の職場結婚だったので、職場の人は呼ばず親族だけのこじんまりした式だったが、外国人の方々から歓声が上がったのを憶えている。(たくさん写真撮られた)
 結婚式を挙げて以来再び、鶴岡八幡宮は毎年家族で初詣に訪れる場所になった。海外に出てしまったので行けなくなってしまったけれど。
 それだけ通っているので、ほとんど地理は頭に入っていて、本当に細かい部分の確認はしたものの、すらすら書くことができた。dekoさんは神戸付近を想定されて書かれたようなのだが、毎回舞台のあまりのはまりっぷりに書いている本人がぞくぞくした。

東京都港区

 雲雀たちの高校がある東京都港区は、私の職場だった場所である。夫の海外赴任で日本を出た今も、フルリモートで同じ会社の仕事をしているのだが、日本に居る間は毎日のように通っていた場所だ。
 私は夜鷹の母親のように優秀なエンジニアだったわけではないけれど、たまたま時流に乗っかって、海外からのフルリモートのモデルケースを作ってみないかと言われてその提案を受けた。それで、エンジニアと言いつつ、今は経営企画のお仕事をしている。
 フルリモートで通勤が無く、残業も無い時短勤務なので日本に居る頃よりも時間に余裕ができた。私が毎日絵や物語を描いていられるのにはそんな理由がある。決してスーパーウーマンじゃないのですよ。
 雲雀たちの高校は、気がついた方も居るかもしれないが、慶応義塾大学付属高校がモデル。私自身は縁もゆかりもない学校なのだが、慶応出身のひととお付き合いしていた時期があり、彼が卒業後も大学の近くに住んでいたので、職場が近いこともあって結構入り浸っていた。
 そんなわけで、都営地下鉄三田駅、あるいはJR田町駅付近はこれまたとてもとても思い入れの場所であるのだった。

大井町

 あまり出てこなかったが、雲雀の家のある大井町は私が結婚前までひとり暮らししていたところ。大好きだった。
 本当は結婚するにあたり大井町のマンションも検討したのだが、高すぎて手が出ず、都内某所に居を構えた。帰国したらそこへ戻る予定である。

アメリカイリノイ州

 クリスの住んでいる、そしてヨタカが一時期住んでいたアメリカイリノイ州は私が高校二年生の夏に初めてホームステイをした思い出の場所だ。
 その時のホストファミリーとは長らくやり取りをしていて、大学卒業までの間に何度か遊びに行った。さすがにあちらの子供が皆結婚して、私も社会人になったのでだんだん疎遠になってしまったが、それでも、たまに思い出して懐かしいなあと思う。私が外語大を目指したのは間違いなくこの高校二年生の時の体験が影響しているし、ダイバーシティ的視点はその時に培われたと思う。

登場人物

 私の物語の常だが、登場人物にモデルはいない。すべての人物は私が鳥の絵を描いている間の空想から生まれた人たちである。
 勿論私が空想するのだから、そこには私の一部が反映されている。
 例えば、雲雀が弓道部なのは私が高校大学と弓道部だったからだ。夜鷹は私の高校~大学生前半くらいの思考回路、燕と孔雀は中学生の時、雲雀と斑鳩は小学生の時くらいに考えていたことが反映されているように思う。
 おそらく随分早熟な子供で、私の根っこは多分小学校五年、六年生くらいに作られた。ちょうど雲雀たちが出会った時期と重なるので、書きながら色々と思うところがあった。
 実は私の物語の創作は、この、”人物”を生み出した時点で八割方終わっている。他でも書いたことがあるけれども、私は鳥の絵を描く時、その鳥が人間だったら(人間の感情を宿していたら)どんな人だろうと空想しながら描く。それがそのまま物語の登場人物になるのだ。
 それは何も、雲雀の絵を描いている時に雲雀の人格が生まれるというわけでもない。この物語を書いている間、私は沢山のイヌワシを描いたけれども、「ああこのイヌワシはきっと雲雀だ。そうだね、この時はこんな風に感じていたんだね。」……などと考えながら描いている。それがそのまま鳥の表情になるし、最終的には物語に反映される。つまり私にとって絵は、アウトプットであると同時にインプットでもあるのだ。最後に文字として出力して初めて私の感じていることは完全に昇華される。
 実は物語の筋は書き出しの時点でそれほど考えているわけではなくて、書き始めることによって生み出した登場人物たちが勝手に動き出す。今回で言えば、私が最初に考えたイベントは、「五人は高校で出会うけれど以前どこかで出会っていた」「何かさがしものをしている」「初めて一緒に行った鎌倉で何かが起こる」この三つだけである。その後の物語が少しずつできてきたのは多分二話目を書いている時からだ。物語の世界を生きてくれたのは彼ら自身。私は私の頭の中で彼らが動きまわる様を見て、どこを文章に落とし込むかを考える。ちなみに私の頭の中の物語はカラーの映像+音声つきである。

終わりに

 長編を書いていて何がいいかというと、読んでくださる方の中にお気に入りの人物(推し)ができることだ。私自身は五人皆それぞれ好きだけれど、誰かひとりを挙げよと言われたら、実は孔雀かもしれない。夜鷹もいいけど、ちょっと自分に近すぎるかな。
 孔雀は物語では多分目立たなかったはず。でも、おそらく誰よりも自分と真っ直ぐに向き合っている子だと思う。巧くやっているように見える裏側で、何倍も努力しているタイプ。そして実は他人にあまり多くを求めない。良くも悪くも自分の世界が確立しているのだ。
 自分に近いようで遠い不思議な距離感に、ついつい見ていたくなってしまう。(近寄ると迷惑がられるから遠巻きにしか見ていられないけど)
 もし皆様の中にも推しができていたら、是非コメント欄で教えて下さいませ。
 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
 dekoさん効果でいつもの物語よりも多くの方に読んでいただけて、五人は本当にしあわせもの。私はいつもの自分の世界に戻るけれど、またいつか、この五人に会えますように。

2021年11月1日 橘鶫


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