鳥たちのさがしもの 15
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-孔雀のさがしもの・冬-
小学校最後の試合を勝利で飾っても、孔雀はそれを心から喜ぶことができなかった。
皆が帰った後、校庭のバスケットゴールの支柱にもたれて空を見上げると、リング越しに以前も見かけた大きめの鳥の影が目に入った。忘れられたバスケットボールがひとつ転がっている。孔雀は立ち上がってそれを拾い上げた。
幻の対戦相手は大人たちの影だった。夜鷹の両親、自分の両親……燕の私立進学を決めた両親だって敵だ。雲雀のことを信じなかった親も、斑鳩の思い出の場所を壊してしまった大人たちも。
ドリブルをしながら一人一人かわしてゴール下を目指す。最後に、見知らぬ大人の影が現れた。
これは、鷲宮神社から石を盗み出した犯人だ。
自分勝手な大人たち。
最後の影をかわしてレイアップ。
しかし思わず力が入りすぎたのか、ボールは鋼のリングにぶつかり、大きく跳ねた。遠くに転がっていくボールを、野良猫が追いかけて行った。
孔雀は舌打ちをし、再びゴールの支柱にもたれて座り込んだ。空からは、鳥の影は消えていた。
ふと気配を感じて振り返ると、猫が追いかけて行ったはずのボールを持った夜鷹がフリースローの位置からゴールを狙っている。
夜鷹の手を離れたボールは、きれいな弧を描いて直接ゴールのネットに吸い込まれていった。
「Nice shoot.」
「フリーだからな」
「それでもたいしたものだ。……俺の言ったとおりだっただろう?」
「”藍炭は絶対運動もできると思った”」
「何だ、憶えてたのか。ま、そうだよな。夜鷹だもんな」
夜鷹は拾ったバスケットボールを孔雀に差し出した。孔雀は、黙ってそれを受け取り、目で理由を問う。
「俺が最後に”軌道”と”バスケットゴール”っていうストレートなキーワードを出したのはなんでだと思う?」
「さあ。夜鷹の考えてることなんか、俺に解るかよ」
「残したかったんだ。みんなで最初に集まったこの場所。孔雀も、だからここに来たんだろう? 俺は学校のバスケットゴールとは指定しなかった」
「それは、まあ、なんとなく。……あ、夜鷹、ちょうどいいからもう一回シュートしてくれよ。そうすれば、”軌道”も手に入る」
「違う。シュートするのは孔雀の方だ。俺がそれを、孔雀のカメラに収めてやる。バスケは、孔雀の象徴だ」
それを聞いて孔雀は、ずっとポーカーフェイスを保っていた夜鷹も五人の別れを惜しんでいるのだということを理解した。それはそうだ。夜鷹だって自分と同じ十二歳なのだ。
「アメリカには、そこら辺にバスケットゴールがあるんだってな」
夜鷹に自分のスマートフォンを渡して、ついでのように言うと、夜鷹は少し考えてから頷いた。
「おかげで、皆のことを忘れなくてすみそうだ」
先程夜鷹が立っていた位置に立ってゴールを見据える。約二年前、五人はこの場所で出会った。
悔しいが、父親の言うとおり、これから自分の意思だけではどうしようもないことが沢山起こるのだろう。しかし、それに甘んじているだけなのは嫌だった。自分の思い通りにはならないかもしれないが、奴らの思い通りにもなってやるものか。
自分たちは、絶対に再びここに戻ってくる。
孔雀は、タイムカプセルにバスケットボールを入れるつもりだった。開封したらその足でみんなでここへ来て、もう一度バスケをするのだ。
孔雀の手からボールが離れた。そのボールは、今度はきれいな軌道を描き、音もたてずにリングを通過した。ネットを伝って下に落ちたボールは、何度かバウンドしてから止まった。
「Nice shoot. きれいな”軌道”だった」
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いよいよ今日だ。
朝のジョギングを終え、誰も居ない冬の浜辺を眺めながら孔雀は改めて計画を反芻する。
昨日までの雨で今朝は波が高く、波の音は雄叫びを上げているように聞こえた。よく見ると、遠くでサーファーがひとり荒波と格闘している。その姿を自分たちと重ね合わせ、不思議な戦慄を感じた。
何日か偵察をして、神社の人が奥社に上がってくるのは朝六時ごろと午後三時ごろの一日二回であることが分かった。その後、少なくとも孔雀たちが家に帰るまでに上がってきたことはなかった。
今日は、昼食後に秘密基地に集合し、まずはタイムカプセルを埋める。その後、三時前に奥社が見渡せるところへ行き、神社の人が去るのを確認してから石を奥社の社殿の中に置く。
奥社の扉に鍵がかかっていないことも確認済みだった。
卒業式の後は天気が悪く計画を何日か後ろ倒ししたので、今日が最後の金曜日だった。週末は人出が多くなる可能性がある。来週火曜日にはもう夜鷹がアメリカに発ってしまう。今日は天気が悪くても決行しようと昨夜みんなで話し合ったのだが、さいわい天気は良さそうだ。
孔雀自身も、引っ越しを来週末に控えていた。一度だけ母親に連れられて新しい学校と家を見に行ったが、特に何の感慨も湧かなかった。新しい生活が始まってみれば、何か変わるのだろうか。
最初に計画が狂ったのは家に帰ってスマートフォンのチャット画面を開いた時だった。
スマートフォンを机に置き、がらんとした部屋を見る。引越に備えて既に部屋は随分片付いていた。物に執着はない。ためらいなく小学校の”思い出の品”を処分していく孔雀を見て、両親は安心したようだった。何も解っていないのだ。もうすっかり孔雀が納得したと思っている。
バスケットボールは中学生になったら大きさが変わる。引っ越した後に新しいボールを買ってもらう約束になっていた。
孔雀はタイムカプセルに入れるためのボールを鞄に詰めた。新しい生活には、”五人だけの秘密”とタイムカプセルがあれば十分だ。
午後が待ち遠しかった。
『時の天秤』-孔雀
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この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得ています。
鳥たちのために使わせていただきます。