見出し画像

鳥たちのさがしもの 24

ー僕はまだ、さがしものをしていたー

**********

 目の前にはビルの群れ。校舎の最上階のテラスだというのに、空は限りなく狭かった。それでも雲雀は学校の中でこの場所が一番好きだ。
 夏休みの後半は予想通り部活に明け暮れた。しかし、どうにも集中できず、成果は芳しくなかった。秋の大会に推してくれた先輩にも心配されたが自分でもどうしようもない。
 あっという間に夏は終わってしまった。
「雲雀。やっぱりここに居た。みんな待ってるよ。帰ろう?」
 振り返らなくても燕の声だと分かったが、振り返る気になれなかった。燕は、振り返らない雲雀の隣に並んで手すりにもたれた。
「ねえ、雲雀……」
「鎌倉の空は広かったな」
「……うん」
「記憶は、戻ってないよ」
「……うん……ねえ雲雀」
「謝らなくていい。燕のせいじゃない」
「謝らないから話を聞いて」
「……」
「僕さ、何となく、記憶が戻る時はみんな一緒だと思ってたんだ。でも、そんなはずなかった。記憶はひとりひとりの物だ。それから、何があったかは知らなかったけど、もしかしたらみんなが、思い出したくもないことを思い出してしまうかもしれないということも、考えていなかった。考えが足りなかったと思う。自分が忘れられたことが哀しくて……自分のことしか考えてなかった」
 思わず笑ってしまった。
「燕、それ、謝ってるのと同じだ。……結果的に斑鳩と孔雀は思い出しても大丈夫だったわけだし、俺は……今、よく燕の気持ちが解る」
「違うよ。雲雀は多分、僕より苦しい。僕には、記憶があったんだ。みんなと一緒に居た記憶が。それが支えだった。でも雲雀は……」
「忘れられる方もつらいよ。それに……」
「おいそこ! また不毛な議論してるだろ」
 斑鳩の声がして振り返ると、三人が並んで立っていた。斑鳩はわざとらしく腕を組んで怒った顔をしている。
「燕、お前、自分が呼びに行くとか言って勝手なことしてんじゃねえよ」
「ごめん、つい……」
「雲雀も、変な疎外感感じてんじゃねえよ。今の関係は変わんねえって言っただろ」
「分かってるよ。分かってるけど……」
 分かってるけど、何だろう。斑鳩の言うとおりなのだ。今までは忘れたまま仲良くやってきたのに、どうしてそこすら変わってしまうのだろうか。
「斑鳩がうるさいから早く帰ろうぜ」
「うるせえのはお前だ孔雀。どこが悪いんだよ」
「悪いとは言ってない」
「じゃあいい」
「いいのかよ。……雲雀、これから作戦会議するぞ」
 作戦会議? 雲雀は意外な言葉に孔雀の顔を見る。
「明日からまたみんな部活始まるだろ。一緒に帰れるのは今日くらいだ。どっか寄って、どうやったら雲雀の記憶が戻るか会議だ。これは不毛な議論じゃない」
 孔雀はにやりと笑って言った。
「お前、いいとこ持ってくんじゃねえよ」
「お前がさっさと言わないからだ」
 そう言って真っ先に踵を返した孔雀の後を斑鳩が追う。燕がくすくす笑いながら雲雀に、行こう、と声をかけた。夜鷹はその様子を見ながら黙って歩き始める。何もかもいつもどおりだ。何もかも。

 正門が見えるところに差し掛かった時、夜鷹がふと足を止めた。後ろを歩いていた雲雀と燕も自然と立ち止まる。
「何やってんだよ」
 先を行っていた斑鳩と孔雀が少し遅れて振り返った。
 夜鷹の視線の先に、ひとりの外国人の男の姿があった。男は夜鷹に気がつくと満面の笑みを浮かべて近づいてきた。
「クリス……」
 夜鷹が呟くのが聞こえた。
「ヨタカ、ミラクルだ。初日から会えるなんて」
「クリス、どうしてここに居る?」
「どうしてじゃないよ。ヨタカが連絡をくれないから遅めのバケーションを貰って会いに来た。大丈夫。タケルにはジャパンに行くとは言っていない」
「どうして……」
 二人の会話は何とか雲雀も聞き取れる英語だった。夜鷹が珍しく戸惑った表情をしている。クリスと呼ばれた男は雲雀たち四人がやり取りを見つめているのに気がつき、笑顔を振りまいた。それから夜鷹に向き直る。
「ヨタカ、さがしものを見つけたんだな?」
「……」
「だから連絡をくれなくなったんだろう?」
「少なくとも、クリスのことがどうでもよくなったからではないよ」
「分かってる。むしろ、俺の心配をしてくれたんだ。そうだろう?」
「……」
「それは不要な心配だ。ヨタカのケースは研究結果としてカウントできない。ステータスとしては”良い傾向があり”のままだ」
「え?」
「ヨタカが思っているよりも研究は厳密なんだよ。ヨタカは実験から離れた後で記憶が戻った。それでは確実に実験の成果だとは言えないんだ。他のきっかけで記憶が戻ったのかもしれないだろう? でも、影響はあったかもしれない。だから”良い傾向があり”だ」
「それじゃあ……」
「ステータスが変わらないから俺に報告義務はない」
「本当に?」
「俺がヨタカに嘘を言ったことがあるか?」
「ない」
「おい、夜鷹。いい加減に紹介しろよ。この人は誰なんだ?」
 しびれを切らした斑鳩が大胆にも口を挟む。
「ああ、悪い。父の研究室の職員で、アメリカに居た時に随分世話になったんだ」
「クリスといいます。ヨタカの友達だよ」
 クリスが日本語で挨拶をした。
「日本語、話せるんだ。俺は斑鳩です」
「日本語は、少しね。イカル。いい名前だね」
 クリスが人懐っこい顔で皆の顔を見渡したのでひとりひとり簡単に挨拶をする。
「ヨタカにこんなに友達が居て良かった。元気そうだし。俺は満足だ」
「クリス、これからどうするつもりだった?」
「本当にヨタカの様子を見に来ただけなんだ。学校の名前は聞いていたから何日かここで待ち伏せすれば会えるだろうと思って。初日で会えたからあとはノープラン。でも、帰るまでにカマクラには行こうかな。ヨタカの実験の映像を作るために随分写真を見たから、実物を見てみたいんだ。ツルガオカハチマングウ」
「週末でいいなら案内するよ」
「本当か? それは嬉しいな」
「なあ。クリスさんは夜鷹の親父の研究室に居るんだろ?」
「クリスでいいよ、イカル」
「雲雀のこと、相談できないかな」
「斑鳩、いきなりそれは……」
 雲雀は慌てたが、夜鷹は、いいかもしれない、と呟き、クリスの顔を見る。
「クリス、頼みがあるんだ」
「ヨタカの役に立てるなら喜んで。そのために来たんだから」

「なるほど、状況は分かった」
 駅に近いチェーン店のカフェで一通り夜鷹の説明を聞いたクリスは、五人の顔を順番に見ながら頷いた。夜鷹の英語は流暢で、二人の本気の会話にはついていけなかったので、どこまで詳しく説明したのかは分からない。しかしおそらく全部話したのだろう。
「難しい話だというのは分かってる」
 説明が終わり、二人の会話のペースがゆっくりになる。
「そうだな。難しい。でも、ちょっと考えてみるよ。どうせ週末まで暇だから」
「せっかくの休暇なのに、仕事みたいになってしまってごめん」
「そのために来たって言っただろう? カマクラを案内してくれるお礼だ」
「クリス、いい人だな」
 斑鳩言うと、夜鷹がふっと笑った。
「クリスに会った時、懐かしい感じがしたんだ。多分、少し斑鳩に似ている。きっと気が合う」
「そうか、それでヨタカは俺に気を許してくれたのか。Thanks.イカル」
「なんか複雑な気分だな。……でもいいや。とりあえずクリスも俺らの仲間な」
「ナカマ、いいね。そうだ。週末のカマクラ、みんなも予定が空いているなら一緒に行かないか?」
 それからクリスは記憶を失っていた四人にいくつか質問をした。主に、どんなことを憶えていて何を忘れていたかだったが、斑鳩などはすでにその境界が曖昧なようだった。雲雀は自分が何を忘れているかは分からないので、クリスに導かれるがままに質問に答えていった。平易な英語を使ってくれるので何とか会話が成立する。
 斑鳩の言うとおりクリスは随分と歳上なのにとても話しやすかった。クリスと話すときのヨタカが少しぶっきらぼうな口調になるのも興味深い。雲雀は、クリスと話をしている間に自分の気持ちが緩んでいることに気がついた。あの日以来ずっと付きまとっていた孤独感が和らいでいる。
 それは、皆が自分のために何かしようとしてくれているからなのかもしれない。心の中で、先程までの子供っぽい拗ねた態度を反省した。
 自分を孤独にしていたのは自分だった。
「みんな、ごめん。子供っぽい態度を取って悪かった」
「だからさあ、雲雀ももう謝るなよ。何も悪くないじゃん」
「最後まで話聞けよ、斑鳩。……雲雀、続けろよ」
「ありがとう孔雀。……といっても、大した話じゃないんだ。やっぱり俺、思い出したいよ、みんなと一緒に居た昔のこと。記憶を無くしたままじゃ嫌だ。諦めたくない。だから、協力してほしい」
「そう来なくちゃなあ」
 斑鳩が満足そうに頷く。
「そのための作戦会議だからな」
「雲雀……良かった」
「ヨタカの友達はいい奴ばかりじゃないか」
「これが俺のさがしものだったんだ」
「見つかって良かったな」
「本当にそう思う。だから……」
「そうだな、ヒバリのさがしものも見つけなきゃな」

**********

少年は彼方を探していた。海からせり上がる山の頂。海風が葉擦れを奏で、木漏れ日が若葉を乱反射させ踊る。霞たなびく島影を見下ろしながら、コンビニのおにぎりを齧る。木の根道を走る蜥蜴に猫が目を光らせていた

**********

僕のさがしものはまだ、見つからない。
でも、あきらめてはいけない。
さがしつづけることで、かろうじてつながっている。
さがしものは、僕たちのすべてだったから。
さがしものが、僕たちの『物語の欠片』だから。

『嵐の前』-ハリスホーク

画像1

-----

※リフレイン

この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得ています。


この記事が参加している募集

この街がすき

鳥たちのために使わせていただきます。