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男ウケに負けた日

『面白い格好』が好きだった。

ブラウスにデニム、ニットのベストは割と今年流行っていたけれど、私はそこに学生っぽいエンブレムのブローチがなきゃ嫌だったし、真っ黒のワンピースは背中からたっぷりとプリーツが入っていて、ドタバタ動き回っても、ちょっとはバレリーナみたいに見えそうと思って気に入っていた。
面白いと思えば、例えばイトーヨーカドーで売ってる服だってワードローブの一軍に入れたし、ボーイッシュもコンサバも、可愛い格好もするけれど、どこかが自分らしくて面白くないと嫌だった。

『嫌だ』の感覚は、『こんなの普通すぎて私じゃない!』とか、『みんなと一緒で好きじゃない』という感覚だったと思う。

とにかく『自分が着ていて楽しい』
それが私にとってのファッションだった。

今まで幸運にも私を好きになってくれた人は、そういう個性的でいたいという心意気を面白がってくれた人達だったように思う。

もう今は若くはなくて、顔こそ童顔で年齢不詳と言ってもらえるけれど、背は低くてちんちくりんだし、下っ腹にお肉は乗っているし、メイクもどっちかと言えば派手好みだ。

でも、どんな体型でも、いくつになっても、私は自分らしさを表現することが好きだった。


それなのに、わたし、あんな風になるなんて。


世の電子情報には『〇歳代のNGコーデ』とか『こんなメイクは老け見え』とか、ありがたくもうるさいよ!という記事で溢れている。
我が道を行く自分は、それをずっと他人事のようにスルーしてきたけれど、たった一人の男に好かれたいが一心で『モテ』だの『ウケ』だのを意識してしまったのである。

あの人にはかつて運命を感じて、こんなに綺麗な人は他にいないと言わしめるほどの奥さんがいた。
過去の女性の記憶は、スタイルや顔のことばかり。
だから、あの人にとって『綺麗な女性』であることは必須要件だったのだと思う。

思えば、当時の私は憐れ以外の何者でもなかったけれど、ただただ、必死だった。
どんなに彼に愛情を伝えても、いつも敗戦ばかり。それでも諦めなかったのは、少しでもいいからあの人好みに綺麗になって
『きれいだよ』と言ってほしくて。

だから淡い色のニットやら、ふわふわしたスカートやら、頑張ってはみたのだけれど。
それらを着た私はまぁなんというか、あまりに『普通』すぎて。
着てもワクワクして自信にあふれる心地は一度もしなかった。
このまま自分らしさを失いたくないという気持ちから、どこかしらに抵抗を取り入れて大きなピアスやばっちりマスカラを塗って、なんとか自分らしさが死なないように試みていた。

でも、結局それはあの人にとっては『不正解』だったみたい。

『その歳でその店が見たいの?』
『ブランド物、持たないんだ』
『細い系の服が好き』
『今まで付き合った人の中で1番太ってる』
『化粧薄く出来ないの?』
『痩せればかわいい』
『服、微妙』

あの人のたった一言、まじりっけのない『可愛いよ』が聞けたことは、一度もなかった。
それがとても悲しく虚しかった。

あの人から突然別れを切り出された時、私は正直『これで自分らしくないものを追いかけずに済む』と思った。


でも、今、どうだろう。


時間が経つほどに年齢に応じてアップデート出来ていない自分が、とても幼く恥ずかしいように思えてきたのだ。


朝8時、埼京線
まるで婦人雑誌の『モテコーデ』みたいな格好をした自分の中には、あの人が私に見出そうとして見れなかった『理想の女性像』の残骸が、腐って嫌な臭いを立てて横たわっている。


ねえ、なんで私に、あの日『付き合おう』なんて言ったの?

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