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築190年の日本家屋に考える、本質的なくらしの豊かさ。 Interview 大田由香梨さん 前編

自分に合ったライフスタイルを実践する人、未来のくらし方を探究している人に〈 n’estate 〉プロジェクトメンバーが、すまいとくらしのこれからをうかがうインタビュー連載。第3回目は、食から住空間まで、人生を彩るライフスタイリストとして活躍されている大田由香梨さん。

建築家の隈研吾氏とともに改修を進めてきた築190年の日本家屋〈シラコノイエ〉を、歴史の魅力を伝えるだけでなく、次の100年につながる場所に育てていきたいと語る大田さん。自分たちの手でつくり上げた「すまい」のかたち、その先に見えてきた「くらし」の豊かさについてお話しを伺いました。

大田由香梨 | Yukari Ota
神奈川県出身のクリエイティブディレクター/ライフスタイリスト。ファッション、FOOD、住空間など、人の営みに必要な衣食住をスタイリングする”ライフスタイリスト”として活動。自身のクリエイティブ活動を通じて、サステナブルで美しい未来の循環型のライフスタイルを提案している。  

ー 現在は東京にベースを置きながら、千葉の〈シラコノイエ〉と二拠点生活を実践されている大田さん。まず、今のくらしに至ったきっかけを教えていただけますか?

大田さん(以下、大田):きっかけは、2019年頃にトレーラーハウスを購入したこと。当初は、水や電気といったインフラのある、景色のよい山林のような条件でトレーラーハウスを置いておける場所を探していたんです。相方さんと「そこでハーブを育てたりもしたいね」などと話していて、トレーラーハウスが置ける最小限のスペースと庭があればと思っていたんですけれど“最小限”とは(笑)。大きな家が付いてきちゃいました。


房総半島の豊かな自然と
融和するように佇む築190年の日本家屋。

大田:物件情報には、家の詳細は全く記されていなかったので、目の前にこの家が現れたときは想定外の出来事に驚くとともに、最初は他人事のように感じていたように思います。
ただ、それから数ヶ月ずっとこの家のことが脳裏に引っかかっていて。何度か足を運ぶうちに自分がこの場所で過ごすことを自然とイメージできるようになり、いつしか“覚悟”という言葉と向き合うようになりました。

ー  日本家屋と運命的な出会いを果たし、ついには購入を決断する。ただならぬ“覚悟”ですね…!  さらには、設計監修に建築家の隈研吾氏を迎える一大改修プロジェクトに発展。

大田:いざ、この歴史ある日本家屋を受け継ぐことになり、誰とこの家の改修に取り組みたいかと考えたときに、頭に浮かんできたのが、わたしが尊敬する建築家、隈研吾さんでした。それに、隈さんは建築に“気”を通すことを大切にされる方だと知人に聞いていて。この家も多くの日本家屋がそうであるように、もともとの造りは暗い印象があったので、そういった観点からのアドバイスをいただきたかったんです。

もちろん、日本家屋の改修に携わるのははじめてのことでしたし、きっとわたしの人生においても一度きりのことかも知れない。そう思って勇気を出して、ご相談をさせていただきました。それから数日後、本当に隈さんが来てくださったのですから。奇跡のような出来事でした。

190年前から続くこの家を、未来にも「残していきたい」場所に育てること。

北側に壁があり籠った印象だった土間も一面ガラス張りにすることで、中庭に面した南側から北側まで自然光が差し込む心地よい空間に。また、竈の煙や煤(すす)で黒くなっていた柱に合わせて、新しく入れる柱には柿渋と松煙(しょうえん)を混ぜて一体となるように調色した。        

大田:改修にあたり、この家に残されていた家相図を眺めていると、江戸時代末期にここを建てた家主や大工の方々の想いが聞こえてくるような感覚がありました。この家について知れば知るほど、彼らはこの場所をのちの時代にまで残すつもりで物事を捉えていたのだなと。

その感覚に触れていくたびに、わたし自身もこの家にとっての通過点のひとつとして次の世代にバトンを渡す役目があるように感じました。190年前からこの家を守り続けた人たちがいるように、この先もしっかり守っていってもらえるような場所に育てていくことが大事だと思っています。

〈シラコノイエ〉に残されていた家相図。「これが残っていたことで、この家でくらした人のことや当時の生活を感じることができ、すごく価値のある家だと思えました。今は当時より記録する手段がたくさんありますし、自分たちもしっかりと残していきたいですね」と大田さん。        

大田:基礎や木工事は隈研吾建築都市設計事務所の監修のもと、地元の工務店や大工さんに工事していただき、そのほか土壁の左官さかんや柿渋と松煙しょうえんを使った塗装、障子の和紙を漉いて貼るなどの作業は、ワークショップというかたちで一般の方々と一緒に、自分たちの手で1年半かけてつくり上げました。

日本家屋の改修に携わることなんて、みなさんの人生の中でもなかなかない機会でしょうから、一緒に体験できたらいいなと思って。ワークショップはSNSなどで告知をして、昨年の7月から9月頃までの3か月ほどかけて毎週15、20人くらいの方々に来ていただきました。遠方の京都や名古屋から来てくれた方もいます。

各間で趣きの異なる和紙で設えた和室。欄間(らんま)には、モダンな色ガラスが。「こちらは、この家にもともとあったもの。大多和家は四代続く医師家系で海外留学も経験されていたことから、西洋建築の要素も取り入れられていました。今見ると現代アートのよう」と大田さん。   

大田:和室の障子やふすまには、富山の蛭谷びるだん和紙職人の川原隆邦さんに協力いただいて、庭の植物を漉き込んだ和紙を取り入れました。表玄関の間には大王松の松葉を、次の間には庭に育つ竹でつくった竹炭を、そして奥の間には、庭のシンボルとも言える樹齢約300年のマキの木の皮を煮詰めて、棕櫚シュロ(たわしなどに用いられるヤシ科の植物)と合わせて漉いたものをそれぞれの空間に。

ー この家の風景をつくる庭の植物を室内でも感じることができるのですね。自分たちの手でつくる豊かさも相まって、とても素敵な空間ですね。

大田:でも、自分ひとりでは絶対にできなかったと思います。相方さんや会社のスタッフも協力してくれて、平日は東京で仕事して、週末はこっちに来て作業をする日々。途方もない作業量だったのですが、しっかりとこの家と向き合い、この家を理解することができ、人生において二度とない幸せな時間となりました。

その場所の色や香り、風や空気。それぞれのくらしがあることで、鮮明に感じることができる。

松葉を漉き込んだふすまと、美しいしつらえが調和する。

ー 東京を中心としたくらしから、千葉との二拠点生活にシフトしたことで新たな発見や気付きはありましたか?

大田:今それぞれのくらしの中で感じ、思い浮かべるのは「豊かさ」という言葉。とくに千葉にいると、自分が宇宙の一部として生きているのだという、本質的な生命のあり方を学ばせてくれるような気がしています。

房総半島は高い山が一切なく、ほぼ地平線から登り、地平線に落ちる太陽を日の出から日没まで感じるような一日。夜は空一面に広がる美しい天体ショーの中でくらしているような気分です。ここで過ごしていると、月の明るさを感じたり、太陽とともに季節が巡ることがスッと理解できるんです。

しばらく〈シラコノイエ〉を離れて帰ってくると、この場所の色や香り、草花や鳥、風や空気。すべてが変化しています。この感覚は、一か所に身を置いてしまっていると流れの中で気が付くことができないもの。二拠点で生活しているからこそ、その変化をより鮮明に感じることができますし、これもひとつの自然との向き合い方なのかもしれません。

大田:あとは、東京への視点も変わりました。千葉から東京への帰り道、レインボーブリッジを渡るときには全く違う世界へと向かっていくような不思議な感覚になります。海外に行って東京に戻ってきたときのような、あの感じ。

東京を中心にくらしていたときは日常になりすぎていましたが、二拠点生活をすることで、東京はとてもエネルギーが高く、創造性にあふれた素晴らしい場所であることを改めて感じています。実現したいことを叶えるエネルギーが集まっていること。日常のなかにアートや芸術、素晴らしいデザインがあふれていること。感性を共有し、語り合う仲間がたくさんいてくれること。

ものや情報に溢れていることを、以前は重荷に感じることもありましたが、二拠点生活によって得られた俯瞰の視点によって自分にとって本当に必要なことに気が付くことができたのも、この生活がもたらしてくれた「豊かさ」のように感じています。

梅雨真っ只中に行われたインタビュー当日は雨でしたが、
〈シラコノイエ〉では、静かな庭に響く雨音もまた心地よく感じられました。


>後編は、こちら。
「すまいの変化は、人生の旅。どこへ行き、何を感じ、どのようにくらすか。」

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Photo: Ayumi Yamamoto

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