北虎あきら
毎週水曜日、北虎あきらが現代短歌を一首ずつ紹介しています。 「そもそも短歌ってどう読むものなの?」から「どんな種類の歌があるの?」くらいのひとに読んでもらえると特にうれしいです。
毎月15日ごろ、その月の結社誌「塔」に掲載された北虎あきらの詠草("月詠")を掲載します。結社誌というのは、一種の師弟関係にある短歌をやっているひとたちの集まり(=短歌結社)のなかで師の立場から選ばれた歌が掲載されている紙の本です。毎月十首を送り、三か月後に選歌の結果が掲載されます。
戦争のふりを観ている ポップコーンつまむ指3本を汚して 夜襲が終わって燃える花野の白昼に映えている横顔を盗んだ 複雑な利害関係眺めつつこころは帰路のドラッグ・ス…
交差点むかいの停留所を指して信用しないよう言われおり 寄り道をしていたバスがさっき見た緑の自転車をまた追い抜く 銭湯の帰りのにおい風にとけローソンまでを長いジョ…
うつくしい歌だと思う。哀切の歌だとおもう。 おそらくは映画、のメイキングかもしれない映像の、何かしら火炎のシーン、の終わり、なのだけど〈その後も〉から、もう…
月と日の区別のうすい崩し字の付箋から迎える十九月 思い出と心残りが同じだけ積もる数年ぶりの雪夜に 降る雪に見えた雷これからのあなたを信じる私を信じたい 日陰には…
五番線、これまでここで交わった出会いと別れのどちらが多い テトリスとオセロばかりがうまくなる触れないように背を捩りつつ ふたりでも程よいベッドに向き合って夜通し…
かごに傘挿して車輪を軋ませる雪の予報のあとのぬかるみ ゆうかげも旧駅舎の骨格を抜けあなたの髪の向こうから来る もう空のペットボトルを圧し潰す手応えと世に増える屈…
まずバスのサスペンション、それからぼくの体・心が跳ねる隘路に 行く末の山の孤島の指先も見えない霧のホテル(停電) 不文律 場合によってはわたくしが犠牲者にもなり…
眼鏡屋にあるサングラス 気づいたら薄ら暗くなっていた日々 あかるさを話していちど閉じかけたドアを夕立ちの駅に出る 眼が雪に焼けることあり 見えすぎるゆえの頭痛を…
屋上のいくらかの室外機たちゆるくまわっている春の月 ほとんど底のポップコーンに手を伸ばす 長い夢 まだ何かあるなら した後悔がいちばんこわい 国道の中央分離帯に…
天景 小島、あるいは筏のようにレジャーシートの浮かぶ草原 中腰に追いかけるときマルチーズだったろう伊勢丹のビニール お喋りの代わりにしゃぼんだまができる 風に…
部屋にひとり思い出すとき夕やみのところどころを灯る白梅 全員をぼんやり好きだ 取り壊し現場も日曜日には休んで Aのキートップが外れぼくの言海を喃語はただよってい…
鈍色の犬になっていた冬のモノポリーでは周回遅れに 友人を夫婦に変える証人の任意の朱肉 少し擦れた 新宿のエジンバラでも珈琲が飲める こちらは二十四時間 ひと駅…
待ち合わすたびに真っ直ぐ歩き来る ぼくはあの冬に間違えて すれ違うひとの多くが祇園から八坂へ向かう角を左へ 対岸の高い凧あげ 励ましがある 視界には途切れていて…
橋梁とおもうゆっくりその指がテーブルの滴をぬぐうとき 川底をながれるみずを置き去りにずっと進んでいたんだ川は イメージとメッセージ 紙ナプキンに声は滲んでもう蓮…
どうかしている思想を逸らす猛暑日も空には届かない水平線 みぎわまで話しつつゆく浜辺から僅かにさらわれる足のうら 白む夜の路端のレジ袋は子猫 お城とラブホで韻が踏…
初読はインターネットだった。 わたしのTwitterには短歌の話題がときどき流れ、いくらかは歌そのものだったりする。掲出歌はそのうちのひとつで、わたしの目にしたツイ…
2024年7月18日 22:59
戦争のふりを観ている ポップコーンつまむ指3本を汚して夜襲が終わって燃える花野の白昼に映えている横顔を盗んだ複雑な利害関係眺めつつこころは帰路のドラッグ・ストアにひとりひとり働いたから順番に名前が昇っては消えてゆくぼくも誰かの利権構造かもしれず映画館では静かに座るいっせいに積みあがる通知を順に消してゆく仄かに暗いなか隣ではラブ・コメディの真っ最中だったのか 僅かな下り坂
2024年6月16日 20:41
交差点むかいの停留所を指して信用しないよう言われおり寄り道をしていたバスがさっき見た緑の自転車をまた追い抜く銭湯の帰りのにおい風にとけローソンまでを長いジョークに春の河口に振り向けばふいに見せてくるラバー・ペンシル・イリュージョン 遥かミニチュアのように芝生の家族たち凧をあげ対岸の鉄塔ちょっとずつ追いぬかれつつ特急と日差しの橋を普通わたっていく就活の話をしないしばらくを迂闊
2024年6月1日 16:36
うつくしい歌だと思う。哀切の歌だとおもう。 おそらくは映画、のメイキングかもしれない映像の、何かしら火炎のシーン、の終わり、なのだけど〈その後も〉から、もういちど時間が動き出す感覚がある。そして、その時間には終わりが無い。 映像作品には始まりと終わりがあって、私たちはそれを外から観ることができる。けれど、その時間のなかにいる限りは、自身の始まりと終わりを視ることができない。主体的に生きる限り
2024年5月19日 13:49
月と日の区別のうすい崩し字の付箋から迎える十九月思い出と心残りが同じだけ積もる数年ぶりの雪夜に降る雪に見えた雷これからのあなたを信じる私を信じたい日陰には昨夜の名残 雪踏めば梨のひかりを還してくれる死にかけの蛍光灯が思い出す清流に飛び交った前世をゆうかげを受けて耀う大川のようやくことばから遠ざかる 気づけばもう2024年も折り返しが見え始めていて慄く。 この塔月詠のnot
2024年1月15日 23:11
五番線、これまでここで交わった出会いと別れのどちらが多いテトリスとオセロばかりがうまくなる触れないように背を捩りつつふたりでも程よいベッドに向き合って夜通しまばたきを聴いていた風はつねに音から雨は匂いからきみを見つけるのは角度からこぼれないように詰め替えボトルから移すのは一筋の光だsmoothの鼻濁音教わりながらまたひとつ賢くなってしまういまどこを走っているかわからないから
2023年12月23日 15:13
かごに傘挿して車輪を軋ませる雪の予報のあとのぬかるみゆうかげも旧駅舎の骨格を抜けあなたの髪の向こうから来るもう空のペットボトルを圧し潰す手応えと世に増える屈折冬枯れの手指だったから絡ませるというより縋りあう肉売り場外そうと眼鏡にかざす手のひらが覆う視界はいっときを死ぬニュアンスをそろえてえらぶ絵文字その日暮れから僅かに後ろめたい 鍵内七首、ありがとうございました。三か月ぶり
2023年10月11日 18:53
まずバスのサスペンション、それからぼくの体・心が跳ねる隘路に行く末の山の孤島の指先も見えない霧のホテル(停電)不文律 場合によってはわたくしが犠牲者にもなりえたOVA告解をゆるせずに聞く食卓に固形燃料ゆるく燃えおり罪を軽く話したいのか上がる語尾、気づきつつ折る鮎の背骨を言いづらいからとめどなく出ることば シャワーヘッドをシャワーに洗う鏡に湯かけた一瞬にあらわれる顔へ沿わせて
2023年9月18日 23:39
眼鏡屋にあるサングラス 気づいたら薄ら暗くなっていた日々あかるさを話していちど閉じかけたドアを夕立ちの駅に出る眼が雪に焼けることあり 見えすぎるゆえの頭痛を心配されて深く長い呼吸のための猫背だろう枯木立その胸に抱えて傷跡にもういちど針落とすたび音楽は再現されてゆくそこにいる エピソードから遠ざかるほどにミモザは仄光りだす文脈と背景 みんな目を閉じた信号 歩行者天国へいく
2023年8月11日 22:31
屋上のいくらかの室外機たちゆるくまわっている春の月ほとんど底のポップコーンに手を伸ばす 長い夢 まだ何かあるならした後悔がいちばんこわい 国道の中央分離帯には百合がゆれ右耳の輪郭を撫でながら立つぼくはぼく自身の虚のふちアレクサに話しかければ昨夜との差を告げられる ひとり減ったごみ箱を開ければ饐えたチーズ、肉、あなたは歌にしかならないが 今月の「塔」から六首。鍵の外、ありがと
2023年8月6日 13:11
天景小島、あるいは筏のようにレジャーシートの浮かぶ草原中腰に追いかけるときマルチーズだったろう伊勢丹のビニールお喋りの代わりにしゃぼんだまができる 風に向かって走れば多くドラクエ3みたいですね、って言いかけて……おもいだせないのが思い出にちいさいほど赤くおおきいほど淡いしゃぼんだまにすこしは映ってる写りこむ私の背中が全員のしあわせの一部であるように恋人の子どもの親の友
2023年6月13日 23:38
部屋にひとり思い出すとき夕やみのところどころを灯る白梅全員をぼんやり好きだ 取り壊し現場も日曜日には休んでAのキートップが外れぼくの言海を喃語はただよっている靴下の神経衰弱 花冷えをあなたと歩いたはずだったけどおみくじの端に火をつけ薄曇る冬のおわりにすべてよくなる 今月の塔に掲載された5首。 どんな歌出したっけ? と全然覚えていない月で、なんとか投函前の詠草紙を撮ったらしき写
2023年5月12日 18:06
鈍色の犬になっていた冬のモノポリーでは周回遅れに友人を夫婦に変える証人の任意の朱肉 少し擦れた新宿のエジンバラでも珈琲が飲める こちらは二十四時間ひと駅を歩いたあとはその分を乗って帰った散歩の寒梅ポケットの深くを順に探りつつ私の鍵が落とされていく信号のむこうの白い交番と視線の繋がったまま向かった行先のほかは委ねるタクシーの仄明かり ほんとうに正しい 今月の塔に掲載さ
2023年4月14日 23:17
待ち合わすたびに真っ直ぐ歩き来る ぼくはあの冬に間違えてすれ違うひとの多くが祇園から八坂へ向かう角を左へ対岸の高い凧あげ 励ましがある 視界には途切れていても参道の復路には無くなっていた露天商いちおしの百合根も東京へ送った荷物を東京で受け取っている すべては時差のなか買わなかったお守りも思い出になるかなあ、川面を光が撫でるひさびさの月詠。6首掲載でした。ありがとうございまし
2022年7月7日 00:01
橋梁とおもうゆっくりその指がテーブルの滴をぬぐうとき川底をながれるみずを置き去りにずっと進んでいたんだ川はイメージとメッセージ 紙ナプキンに声は滲んでもう蓮の花ゆうぐれるまでが引き延ばされている御幸通りをまっすぐ帰る吸いながら右折するひとから残るけむりがあとの鳩に絡んだ紫陽花のなしくずされる七月のしずかな別れ話のはじめすごく月おおきいなって気がついて、たぶん満月だった昨日が
2022年6月21日 20:01
どうかしている思想を逸らす猛暑日も空には届かない水平線みぎわまで話しつつゆく浜辺から僅かにさらわれる足のうら白む夜の路端のレジ袋は子猫 お城とラブホで韻が踏めるしゃわわ、と歌ってみれば脱衣所にあなたが笑ってくれて落ちつくくやしさを保てずにいる研修の暮れにしずかな皿を洗えば底知れずあなたをさらいたいまひる視野を緑の河が流れてみなとみらいは夏にふくらむ オフィスから影のみが見ゆ
2022年1月14日 22:01
初読はインターネットだった。 わたしのTwitterには短歌の話題がときどき流れ、いくらかは歌そのものだったりする。掲出歌はそのうちのひとつで、わたしの目にしたツイートが誰のそれだったかは、もう定かでない。けれど一読したときから初句〈シャンプー〉と一字空けが印象に残り、およそ一年ぶりにこの一首評「5分で読める現代短歌」を書けそうだ、書こうと考えたとき、触れたくなったのはこの歌だった。 作