塔 月詠/2023.10
まずバスのサスペンション、それからぼくの体・心が跳ねる隘路に
行く末の山の孤島の指先も見えない霧のホテル(停電)
不文律 場合によってはわたくしが犠牲者にもなりえたOVA
告解をゆるせずに聞く食卓に固形燃料ゆるく燃えおり
罪を軽く話したいのか上がる語尾、気づきつつ折る鮎の背骨を
言いづらいからとめどなく出ることば シャワーヘッドをシャワーに洗う
鏡に湯かけた一瞬にあらわれる顔へ沿わせてゆく剃刀を
この花をゆらした風がとおくまで山の毛並みを撫でながら行く
今月の塔誌面から月詠八首。各選歌欄の優秀作(通称"鍵外")に加えて、それらからさらに選ばれる主宰の吉川宏志による秀歌集(名称"百葉集")にも一首載せていただいた。百葉集は塔で3回目かな、ありがとうございました。月詠まるごとが載る"新樹集"にはまだ掲載されたことがないので、まあいずれ。
鍵外が優秀作であること、誌面で明記されていると知らなかった。百葉集をどう説明すればいいか確認すべく誌面紹介ページを読んだら書いてあったので驚く。もっとこう、暗黙の了解というか、先輩とかから人伝に知るタイプの知識かと思っていた。
今回は珍しく旅行詠らしい旅行詠をやったので、生活基盤から離れた歌でも読むに値するものがつくれつつあるのかと思うとうれしい。まあ日本一標高の高いホテルに泊まって高原をうろうろしたにしては内容がいわゆる自然詠にならなかったのは、もう性質としか言いようがない。ひとだつて自然なんだけどなあ。
本当に良いホテルだったので写真を自慢します。
ありがとうございました。
もともとそれほど旅行好きというわけでもないが、このホテルにはもういちど泊まってみたいなと思う。生活はしたくないが滞在はしたい、という気持ちがひとを宿へ向かわせる……。
日々の中で「いい一日だったな」と思うことはしばしばあって、そのうちのほんのわずかないくつかはずっと先の人生まで一筋の細い光を伸ばす。一生今日が続いてほしいと言い切ってしまいたくなるような、死ぬまでなんて嘘みたいなことを半ば本気で思うような。
でも、そういう一日があったことは覚えていても、どんな一日だったのかはいずれ忘れる。そう遠くないうちに具体的なことは全部忘れて、そういう一日があったこと、そういう感慨を持ったこと、そういう幸福を受け取ることのできる自分であったことだけが残って、振り返ったとき胸に映る細い光の揺らぎだけを眺めている。それでも幸福なことだと思うし、ときどき寂しい。
心から楽しかった飲み会は二次会に行かずに帰るのがよい。
今が一番楽しいから今のうちに死にたい、と自殺した女生徒たちのことをときどき思い出す。天国が空にあるなら、あの高原は、日本で一番天国に近いホテルだったと言えるだろう。死ぬまでにはもう一度行ってみたいな。
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