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ギリシャの歴史家が警告する「戦争のリスク」

 現在、著しい成長を遂げた中国と、覇権国であるアメリカの対立が深まっています。アメリカの政治学者グレアム・アリソンは、「米中衝突が起きる可能性」を歴史の分析から説いています。

 アリソンの著書は、「米中戦争前夜((原題:「Destined for War」)」という邦題でダイヤモンド社から出ています。

「トゥキディデスの罠」とは

 同書でアリソンが提唱している用語が「トゥキディデスの罠」です。古代ギリシャの歴史家・トゥキディデスに由来します。

 紀元前5世紀、ギリシャではアテネを中心とするデロス同盟と、スパルタを中心とするペロポネソス同盟の間で衝突が起きました。ペロポネソス戦争です。そして、この戦争を記録し、戦争の原因を分析したのがトゥキディデスの『戦史』です。

 この戦争は、覇権国であるスパルタが、新興国であるアテネの台頭に恐怖を感じたことで起きました。

 スパルタから見れば、「自分たちの国際秩序に挑戦するアテネは生意気だ」と感じる。

 一方、アテネから見れば、「スパルタ中心の現状は不公平だから変えたい」と感じる。

 両国の指導者は開戦を望んだわけではありませんが、国内の強硬派を抑えることはできず、開戦に至りました。30年近く続いた戦争により、繁栄を極めたギリシャの文明は衰退していきます。

 このように、「新興国が台頭する時、必然的に覇権国との摩擦が高まること」を「トゥキディデスの罠」といいます。

覇権国vs新興国

 アリソンによれば、新興国が覇権国に挑戦することによって起きた対立は、近世以降16例あるといいます。そのうち75%にあたる12例で戦争に至っています。

 その対立の事例には、第一次世界大戦前の「イギリス対ドイツ」の他、日清・日露戦争期の「清・ロシア対日本」、太平洋戦争前の「アメリカ対日本」も入っています。

 このような「覇権国対新興国」の構図は、言うまでもなく現在の「アメリカ対中国」に重ねることができます。

「トゥキディデスの罠」に学べば、やはり米中戦争は不可避なのでしょうか?

戦争は回避できるか

 実のところ、本書は「米中戦争は不可避だ」と煽ったり絶望させたりするために書かれたわけではありません。

 アリソンが分析した16の事例のうち、4例は軍事衝突を回避しています。20世紀初頭のイギリス→アメリカの覇権交代がその一例です。また、米ソの冷戦も直接の衝突は回避しました。

 新興国が台頭して覇権国を脅かすとき、両者の間で深刻な対立が起き、戦争へのリスクが高まるのは確かです。

 しかし、戦争が不可避になるのではなく、話し合いによって回避できる望みがあることも、歴史は教えています。

 戦争を回避するためのシナリオを探ることが、アリソンの著書の目的なのです。

 米中関係がどう転ぶにせよ、日本には大きな影響があります。煽情的な言葉に惑わされないためにも、歴史を学んで「未来を予習」することが大切なのではないでしょうか。

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