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アメリカ大統領選挙と情報戦⑨~父ブッシュの「汚すぎる選挙戦」(三)

前回はこちら。

 本選に向けた準備が本格化する9月頃、ブッシュ陣営の支援団体はデュカキス候補のイメージをさらに傷つける宣伝を始めた。

殺人犯ウィリー・ホートン

「犯罪に対するブッシュとデュカキスの違い」
 ブッシュは死刑制度に賛成しています。デュカキスは死刑制度に反対しているだけでなく、囚人の一時帰休を認めています。
その一人、ウィリー・ホートンは少年を19回も刺して殺害しました。彼は10回の一時帰休を認められ、逃亡しました。そして若いカップルを誘拐し、男性を殺害し、女性をレイプしました……

 デュカキス候補が知事を務めるマサチューセッツ州では、服役囚が一時的に出所できる一時帰休制度がある。放映されたテレビCMで紹介されたのは、ウィリー・ホートンという犯罪者だった。ホートンは強盗殺人で終身刑に処せられたが、10回もの一時帰休を許可された。さらに一時帰休中に逃亡し、暴行殺人事件を起こした。


 凶悪な犯行の様子がナレーションで語られた後、「囚人の一時帰休。これがデュカキスの犯罪への取り組みです」とCMは締めくくられる。あたかもデュカキスの政策のせいで凶悪犯罪が起きたように見せつけたのである。


 CMには別バージョンもある。凶悪な囚人が列をなして刑務所に入っていくが、回転ドアになっているのでそのまま出てくる。「凶悪犯罪者が野に放たれる」という恐怖を煽る映像だ。

本当はデュカキスに責任はない

 これらのCMはデュカキスに「犯罪者に甘い」というイメージを植え付け、本選の行方に大きな影響を与えた。しかし、マサチューセッツ州の囚人一時帰休制度は、デュカキスの前任者(しかも共和党)が導入したもので、殺人事件の責任をデュカキスに負わせるのには無理があった。また、囚人の一時帰休制度は別の州にもあり、出所中に凶悪事件を起こす例も他にあった。

遅かった反論

 デュカキスはここでも失策を犯した。ブッシュ陣営による一連のネガティブ・キャンペーンに対して有効な反論を行わず、形成が不利になってからようやく反撃を始めたのである。「ブッシュの地元であるテキサス州では、犯罪が激増して刑務所が溢れている」という反論のCMが放映されたのは、「ウィリー・ホートン」のCMの6週間後。1ヶ月以上経過してから反論を試みても、いったん染み付いたイメージを覆すことは困難だった。

 デュカキスのイメージを失墜させた場面はほかにもあった。テレビカメラの前で、一人の記者が「キティ・デュカキス(デュカキス候補の夫人)が殺されたとしたら、犯人に死刑を望みますか?」と聞いた時、デュカキスは淡々と死刑制度反対の自分の考えを述べた。政治家としての筋は通っているのだが、かえって「冷たい人間だ」という批判を浴びることになる。

 きわめて理不尽な経緯ではあるが、デュカキスはこうして支持を失っていった。

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